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2016/11 塾ジャーナルより一部抜粋

わが国の大学に未来はあるか。

  株式会社 総研コーポレーション 代表 岡田 雅  
     

基礎学力判定テストの
中学校高校版「SSAT」に注目が

 先日、ある保護者が6ヵ年一貫校に在籍する中2の男子を伴ってご相談に来られた。「アメリカのSSATを受験させたいので、その受験対策をしていただけないか」というものであった。

 SSATとは、Secondary School Admission Testの略称で、アメリカの高校生が1・2年時に大学受験に向けて自分の基礎学力を評価してもらい、それを志望大学に提出するために受ける基礎学力判定テスト(SAT)のいわば中学高校版である。

 内容は3段階に分かれている。Elementaryレベル、Middleレベル、Upperレベルの3種類があり、このうち、後者2レベルの出題内容は50題の数学、60題の言語、40題の読解、20題の理科(実験を含む)、決められたテーマについて書くエッセイが1題で、テストは全部で3時間10分の長丁場である。無論、すべて英語で出題される。アメリカ国内の生徒が寄宿舎のある有名私立高校に受験するために利用したり、海外の中・高校生が有名私立中学高等学校に編入するときに、自分の英語能力を認証してもらうために活用したりする。

 相談に来られたご家庭は、日本の高校に進学するのではなく、現地の私立中学校にまず入学させて、アイビーリーグ等の難関大学に進学を希望されている。こうした動きは2015年に発行された「プレジデントファミリー」の特集記事にもあったように、今後ますます拍車がかかるかもしれない。私が知る限り、首都圏には少なくとも3校の、関西には神戸に1校のSSATを対象にした講座を設けている英語・英会話学校がすでにある。さらに、全国屈指の進学校の一部でも、東大・京大への進学実績を考えたコースだけではなく、直接アメリカの大学に進学できるカリキュラムを行っている。こうした動きはどうして起こってきたのだろう。

経団連が求める人物像を受け
教育再生実行会議が提言を発表

 2011年1月と2013年6月に、経団連は産業界が求める人物像やそれを育てる大学教育へのアンケート結果や期待を発表し、この意に沿って「教育再生実行会議」は、今後30年間の国内市場の減少、それに伴う海外進出の加速、国際機関における日本人影響力の強化、企業提携・買収による英語力の養成などを盛り込んだ提言を発表した。

 これを受けて文部科学省は、2014年8月4日に、「『国立大学法人の組織及び学校全般の見直しに関する視点』について(案)」を出した。ここでの詳細は文部科学省のホームページに譲るとして、この文書の要点は(1)教員養成系および人文社会科学系は原則私立大学に移管する、(2)社会の要請が高い分野に国立大学の研究を集中する、というものである。今後、発展できる分野や有用性の高い分野に、経済界で言われる「選択と集中」を加速させる必要があるというものだ。

 これを受けて、文部科学省は同年9月末に37校からなるスーパーグローバル大学を選出した。うち13校がトップ型で世界大学ランキングトップ100位以内を目指すことを到達目標とした、旧帝大系と広島、東京医科歯科、東京工業、筑波、早慶である。残り24校は、10の国公立・先端大学と14の私立大学を地域の国際化に寄与するグローバル牽引型とした。

 これらの動きを見ていると、首相官邸にある「日本経済再生会議」の直下に「教育再生実行会議」が組み込まれ、この動きと連動して文部科学省が事前に練っていた文書を各大学に通達している、いわば出来レースと思われても仕方がない動きのように見える。この典型的な通達が2014年6月20日の「学校教育法及び国立大学法人法」の一部改正である。ここでの要点をまとめてみると、(1)教授会の権限の縮小、(2)大学学長を学長選考会議が選任する、(3)経営協議会の学外委員を過半数にする、というものである。これを通して教授会の形骸化と教員の弱体化を狙っている。一部改正とはあるが、根本的な改革であることに間違いはない。競争原理を重視し効率化を重んじる経済界からの圧力、文部科学省の大学をコントロールしたいという飽くなき熱意、グローバル化をリベラルな観点からではなく、国家戦略として捉える勢力からの重圧が、今の主要国私立大学を取り巻く状況だと言える。

東京一極集中に起きうる
大きな問題の裏返り現象

 これを私の好きなサッカーの経営に例えてみたい。先ほどの37校は日本プロサッカーリーグのJ1リーグに相当する。37校以外の国公私立大学は22チームのJ2リーグおよび16チームのJBリーグに相当する。

 ここで首相官邸は世界に通用するサッカー選手を輩出するために、予算をJ1リーグの上位3チームに多く配分できるような措置を講じ、さらにチームのオーナー、および監督は、首相官邸の意を十分組める人材で固めたとする。このとき何が起こるだろうか。経営側は豊富な資金があるため、海外や他のチームから優秀な選手、あるいは今後伸びそうな選手をヘッドハンテイングするだろう。このため、上位3チームはさらにチーム力が上がり、毎年3チーム以外のチームが優勝することはほぼ起こりえなくなる。3チーム以外のチームは選手層が薄くなり、能力的にも戦略的にもパフォーマンスが上がらないので、ファン離れが起こり、資金は枯渇していくだろう。

 これを見てサッカーが好きな小・中学生はどう感じるだろうか。3チームに入れる能力がなければ、いくらサッカーが好きでも食べてはいけない。他方面で自分が活躍できるシーンはないかと、別の人生設計を描き始めるかもしれない。無論、この子の両親はサッカー選手になることに絶対反対だ。

 一方、毎年優勝争いをしている3チームにも逆風が吹き荒れる。特に優秀な選手はより高い技術やパフォーマンスを求めて、ヨーロッパ等のサッカーリーグへの移籍を希望するだろう。無論、これも首相官邸主導で国家の命(めい)のもとで行われるかもしれないが、紐つきではなく個人として移籍する(周りから見ればわがままな)選手も現れるに違いない。チーム内の結束力は弱体化し、そこに集積されるはずのさまざまなノウハウが胡散霧消する可能性すら起こる。さらに問題となるのは、もともと地域との連携が強く、地元での少年少女のサッカーの技術向上、スポーツを通じて地域活性化に取り組んできたJ2・JBリーグが消滅する可能性が高まるということだ。これは地域住民の紐帯を弱めることになってしまう。

 つまり、地方の国公立大学の卒業生が、地元自治体に就職することで得られていた循環機能が絶たれることを意味する。これは東京一極集中が大きな問題になる裏返りの現象である。

多くの存在意義を担う
地方の国公立大学

 先日、イギリスの新聞「マンチェスター・イブニングニュース」が、プレミアリーグで一番嫌いなチームのアンケート調査を実施した。その結果は何と1位がチェルシー、2位がマンチェスター・ユナイテッド、3位がリバプール、4位がマンチェスター・シティ、5位がアーセナルである。この原稿を書いている時点で、プレミアリーグの順位5位以内に入っていないのは、マンチェスター・ユナイテッドだけである。ここからもサッカーファンはいかに地元チームを熱烈に応援しているかがわかる。

 大学進学に関しても同じことが言える。優秀な生徒が全員東京大学をはじめとするトップ型の37校を受験しているわけではない。地元の発展や受け継がれてきた家柄を守るために地元に残る青年たちも多く存在しているのだ。こうした文科省の評価では数値化されない存在意義を多くの地方国公立大学は担っている。

 つまり、一部の大学が世界的な成果を上げたとしても、研究に従事する大学数の削減は研究者数と発表論文数の減少を伴い、ハイヤーエデュケーションのランク付けを下げる。これにより、研究者と研究成果の流失・滞留が起こり、研究機関の横のつながりがなくなり、大学全体の構図がダウンサイジングされて、いずれは消滅の危機にさらされる。とりわけ地方中堅都市に拠点を置く大学の消滅は、地域の活性化にも大きく影響を与えるということである。

 笑い話になるが、2016年に発表されたハイヤーエデュケーションで、東大・京大はその順位を下げた。この主な要因は、文科省から与えられた目標設定をクリアするために、多くの先生方が手を取られ、肝心の研究に時間が割けなくなり、研究論文数が減り、その分、引用論文数も減ったからである。何とも皮肉なことだ。

生徒数減少の中
大学数がなぜ減っていかないのか

 今、この上意下達の波は高校まで及ぼうとしている。今年3月に出された「高大接続システム会議『最終報告』」には、その趣旨が書かれている。これに関することも書きたいのであるが、紙数もあまりないので、別の機会にして、もう1点現状の大学が取り巻く問題で、私が多くの人から質問されることについて考えてみたいと思う。

 まずは【表1】を見ていただきたい。

 この資料は敢えて1965年(昭和40年)から取り始めた。理由は団塊の世代が18歳になる年だからだ。この年の高校3年生の卒業者数の概算は170万人、彼らが高校1年生のとき高校進学率は66・8%で、昭和22年生まれは267万人もいた。高校3年生卒業者数のピークは平成2年の187万人で、この生徒たちが高校へ入る際の進学率は95・7%にもなっているから、上の表で平成2年のとき、職員数が過去最大になっている理由もわかる。いかに生徒数の増減が教育業界を左右するかのいい例である。

 ところで、短大と大学の学校数の合計は、1965年を除けば933校から1,222校の幅の中にある。最近は1,100校台のどこかで推移している。大学進学率が52・0%になっていても、2014年の18歳人口は118万人、2015年は120万人であるから、たとえ56%の進学率があったとしても、その数は多く見積もっても67・2万人にしかならない。それなのに2016年度の大学数が、昨年より1校減ったとはいえ、大幅に減っていかないのは何故なのか、とよく質問される。

国公立大学の数は横ばい
増えているのは私立大学

 大学数の増減に関していうと、ここ最近、国公立大学が数を増やしてはいない。むしろ統廃合等により、総数は6校ほど減っている。つまり、増えているのは私立大学だけである。

 そこで、【表2】と【表3】を見ていただきたい。表2は国立大学と私立大学の授業料の推移である。国公立、私立ともに1985年から2014年までの30年間で、国立の入学金は2・35倍、私立のそれは1・11倍に、国立の授業料は2.13倍、同じく私立は1.82倍にそれぞれ伸びている。私立大学の入学金および授業料は、日本私立学校振興・共済事業団に加盟している学校の平均金額である。

 また、表3は私立大学への国からの補助金の割合を示している。補助金には一般補助と特別補助の2種類があるが、ここでは両方の補助金の合計を示した。また、交付校の( )内の数は加盟校全体の校数を表しているので、実際に交付された学校は( )の外の数である。

 交付されなかった理由は、学校の設備等が未完成等で補助を受ける資格がない、募集停止になっている、他省庁から補助を受けている等がある。

 さらに【グラフ1】は私立大学における経常的経費と補助金額推移を示している。グラフから読み取れるように、2015年度は経常経費の合計が3兆1773億円に対し、国からの補助金額は3153億円で、とうとう1割を切り、9・9%になった。このため、わが国の高等教育における保護者が大学に支払う私費の割合は、2013年度にOECDが行った調査によると、65%と韓国に次いで2番目である。OECD加盟国の平均が30%であることを考えると、2倍以上もの金額を保護者は支払っていることになるし、その割合はグラフ1からもわかるように増え続けている。

 こうした状況にもかかわらず、私立大学の学校数がほぼ横ばいを示している要因はどこにあるのだろう。これを私立大学側からの観点で5つにまとめてみた。

(1)保護者の大学へのニーズが相変わらず高い(@ニートや引きこもり、あるいは失業などを阻止したい A就職等を考えると、大学を出たほうがいい B特にしたいことがないので、取り敢えず大学に通わせる等)

(2)したがって、奨学金等を借りてでも将来の保険として大学進学を勧める

(3)大学もこれに便乗して、AO入試・推薦入試等の導入と奨学金制度を設け優秀な学生を募集するなど、学生数の獲得策を講じて売上向上を図る

(4)私立大学の大半が研究教育機関というより、職業訓練専門学校に近づいているため、大学側にとってこれは経常的経費の削減につながり、収益性を高めることができる

(5)春先に一括して収入があるため、資金繰りが明確になり、経営手法が複雑にならない。また、大学設置基準に見合う内部留保があるため一時的借入がしやすい
といった点が挙げられるのではないかと思う。つまり、私立大学の経営者側から見れば34校のように文部科学省のお墨付きなどを得ないほうが、経営的にもやりやすいと言える。

すでに生き残りを賭けた
私立大学再編の戦いが

 しかし、今後のわが国の状況を考えるとこれも長続きはしない。2016年は、人口動態調査で初めて94万7千人の人口減少を記録した年になった。さらに2020年東京オリンピックが始まるこの年は、東京の豊島区など11区が人口減少を始める年と予想されている。東京ですら起こる人口減少と文部科学省が推し進める選択と集中の方針が、私立大学に対して厳しい締め付けをしていく。一番大きな背景が国の教育予算が伸びないことにある以上、私立大学の一部に市場から退場してもらうしかない。

 今年の4月、文科省は有識者会議を開いて、私立大学の経営の在り方について検討を始めた。大学内の学部学科の統廃合、大学間の統廃合、あるいは交付金が出なかった大学に対し、最後通牒を突き付けるなどの具体的措置を来春から本格化する可能性がある。

 2015年4月15日に下村前文科大臣は、大学の基盤的予算である運営費の交付金について、「評価に基づくメリハリある配分」を導入する制度への変更について触れていた。見かけのやり繰りだけでは済まない、本当の生き残りを賭けた私立大学再編への戦いがすでに始まっている。

願わくば、寛容性あふれる
仕組みづくりを

 最後に一つ言っておきたいことがある。現在SSHとSGHの両方の指定を受けた一貫校で授業をさせていただいている。ここの生徒たちに将来への夢やなりたい人物像などを聞いてみると、ほとんどが「何となく医者」「できれば理系」といった漠然とした内容を話してくれる。彼らにとって未来は極めて漠然としたものでしかない。今の豊かさがかえって未来への眼差しを暗くする。こうした中学高校生に文科省が勧めるリニアな高大接続システムがうまく当てはまるのだろうか。むしろアメリカの大学入学者の平均年齢が28歳台になっているように、一端社会に出てから再度大学入学できるような寛容性あふれる仕組みづくりのほうが時代に合致しているように思える。今年度のノーベル医学・生理学賞を受賞した東工大の大隅教授の記者会見での文科省に向けた言葉をもう一度かみしめてみたい。

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