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2013/9 塾ジャーナルより一部抜粋

通信制高校の展望
自由時間の価値、IT時代とグローバル化を先取りした学校制度
─ 体験的通信制高校の社会学 ─

     

相生学院高等学校 副理事長、校長 土屋 和男氏

 1955年より鳥取県立の高校教諭、65年より大阪市立の高校教諭・教頭・校長を歴任、1992年より学校法人立、2008年より株式会社立通信制高校の経営に携わる。その間、外務省派遣講師として、キルギス共和国で企業幹部対象のソ連崩壊後の体制移行のための「国際会計基準講座」の講師、和歌山大学〈会計学)、四天王寺大学〈経済学)の非常勤講師を務める。現在、相生学院高等学校副理事長・校長。

 私は1955年から高校教員生活を始め、今日まで続いている。図らずも1992年から通信制高校の設立とその後の運営にかかわることになった。ファッションデザイン専門学校、着物専門学校、情報専門学校、家政高等専修学校、情報高等専修学校と幅広く経営している学校法人の理事長が通信制高校の設立を企画しておられ、私が設立準備委員としてかかわることになった。

 この理事長の通信制高校の設立の動機は、次の通りであった。日本のこれまでの学校制度では、一度退学をすると再び学校に復帰することは難しい。有為の青少年を挫折させたまま社会復帰ができないのは、本人にとってはもちろん、社会的にも大きな損失であるとの社会的教育的観点から、設立申請に踏み切ったという。彼は通信制高校が今日あるように大勢力になるとは予想だにしなかった。あくまでも受け皿として役割を期待し、消極的にとどまっていた。学校経営上は、高等専修学校を優先した方針で指導された。したがって、通信制高校はあくまで日陰者的扱いとしてスター卜した。 しかし、学校説明会を開いてみると、高等専修学校などより、通信制高校に対する関心は高くなっていたのである。

 通信制高校のこれまでの評価は、NHKの放送教育のおかげで、山間僻地の地方の青少年が高校の卒業資格が取得することができるとか、働きながら卒業資格が取得できるとか、全日制高校に行けない生徒が入学するのが通信制高校であると理解されていた。教育用語で全定通(全日制・定時制・通信制)といわれるが、それがまさにいろいろな意味で序列をも表していた。

 しかし、時代はすでに変わっていた。ITの発達、グローバル化、社会意識の変化、生徒の個性化が進み、生徒の要求は多様化し、画一的な学校より、多様の要求が満たされる通信制高校の意義が評価されるようになってきたのである。

日本の通信制高校の
生い立ち

 日本の通信制教育で代表的なのは、(1)日本放送協会学園高等学校、(2)科学技術学園高等学校、(3)大阪繊維学園向陽台高等学校である。(1)は1962年、日本放送協会(NHK)の外郭団体である学校法人日本放送協会学園によって設置された。通称、NHK学園高等学校であり、学校放送教育を中心に全国に展開している。初代校長は文部大臣を歴任した森戸辰男である。(2)は1963年、財団法人日本科学技術振興財団のもとで、学校法人科学技術学園の設立が認可。(3)は1961年、学校法人大阪繊維工業高等学校(全日制課程)設立を認可。1962年日本紡績協会により、全寮制の大阪繊維工業高等学校設立。1964年文部省認可を受け、大阪繊維工業高等学校内に通信制課程「普通科」設置。1967年法人名を学校法人大阪繊維学園に変更、通信制課程を向陽台高等学校に名称変更。現在では、法人名を早稲田大阪学園と変更している。

 このように通信制高校が発展した背景には、当時の日本経済は高度成長期にあり、中学生の集団就職が多く、企業が中学校卒業生を就業させながら、高等学校教育を行うという技能連携教育が発展したことにある。(1)は放送教育(教育テレビ、第2放送等)を通じて通信制教育の主導権を持ち、特に辺地在住者の教育に貢献してきた。(2)により技能連携教育を行う企業は、日立製作所をはじめ、自動車、製鉄、化学、電気、電力等の重工業を中心とする企業であった。他方、(3)の技能連携を行う連携校は、学園の名前が示す通り、繊維ファッション関係をはじめ、軽工業を中心にした分野での教育の役割を多く担っていた。(2)(3)ともに集団教育の役割を技能連携制度を通じて行っていたのであるが、産業企業との技能連携、高等専修学校との技能連携を中心に発展してきた通信教育は、その後の日本の産業構造の高度化、高学歴化と世界経済のグローバル化の進展により、状況は著しく変わってきた。

 多くの中卒生を擁していた紡績業等は、かつての英国がたどったのと同じように衰退してしまった。産業構造の高度化は高学歴を要求し、企業における技能連携教育を中心とする集団学習を衰退させてしまった。企業以外に各種の高等専修学校等との技能連携はいまだ残っているが、第二次ベビーブームの終了とともに、今日では少数になってきている。通信制高校の存続発展は、集団学習依存から(技能連携施設で集団で学習をするのではなく、生徒個人個人が学校に通う)個別学習を中心に運営する新機軸を取り入れる学校が発展するようになってきた。1990年前後に創設された通信制高校は、かつてはどこかの技能連携校であったが、独立したものが多い。

これまでの通信制高校に
対する評価

 教育用語に全定通という言葉があることは先に述べた。これは社会通念として定着し、特に教師の意識に染み込んでいて、生徒の進学指導を左右してきた。通信制に対する評価は、若年層より高齢者、大都市よりも地方都市において評価は低い。今なお暗いイメージで理解されている場合が多い。特に教育関係者は、本来もっとも理解が進んでいなければならないはずだが、差別と偏見にとらわれている人が結構いる。例を挙げよう。

例1
ある時、高校2年生の女生徒が転入したいとやってきた。彼女曰く「先生! なんとかしてくださいよ。私が通信制に変わりたいというと、担任の先生があんなところに行くと警察の厄介になるだけや。止めておけ。教科書もないとか。本当ですか」という、使用している検定済みの教科書を見せると納得した。彼女の出身校は公立で有名な学校であったが、私も同じ市の高校に勤務し、よく知っていたので、当該校の校長に強く抗議した。教頭が丁重に謝罪に来た。大都会でさえこのような状況である。

例2
地方都市の高校2年生の女生徒が転入したいと説明を受けに来た。非常にまじめそうな生徒だった。転入後も何事にも積極的で、模範生のような存在であった。しばらくして、彼女の出身校から2名の教員が来校した。何かいわくつきの生徒であったのかと嫌な予感がよぎった。予感は違っていた。開口一番「実はなぜ彼女が転校を決意したのかわからない。模範的な生徒であったのにどこに不服があったのか、理解できない」と、質問を投げかけたまま、生徒本人には合わずに校舎を見学して帰った。後で改めて生徒に転入の動機を聞いてみた。通信制の新しい可能性が気に入ったからだ、という。

例3
入学試験の合格発表後、突然、地元の公立の中学校の校長がやってきた。開口一番、自分の中学校出身の受験生をなぜ不合格にしたのか、となじるように聞いた。合格点に達しなかったからだと答えた。いろいろやり取りをしているうちに通信制に対する無理解と蔑視がありありとわかってきた。帰り際に校舎を見て帰りますか、と言って校舎を案内した。校舎を見た後、その校長は言った。不合格になったことがよくわかりました。と、納得して帰られた。多分、荒れ果てた教室、汚い便所を予想していたのとは違って、整理整頓されたきれいな教室、清潔な便所を見て、学校を見直したのであろう。

例4
公立高校の女性の校長から電話がかかってきた。生徒が妊娠したので転校させたい。引き取ってくれませんかという。即座にお断りしたことはいうまでもない。こんな電話を校長がかけてくるまでに、校内でどんな話し合いが行われたのか思うとぞっとした。

例5
ある大新聞社の記者が訪問したいと言ってきた。私学の管理者ゆえ、私は宣伝の好機になると早合点して、いろいろ宣伝となる資料を取り揃えて訪問を待った。記者の訪問理由は全く違っていた。少し前に、近くで傷害事件が起こって話題になっていた。犯人が不明で特ダネを焦るその記者は、通信制高校に焦点を当てて会いに来たのだ。 犯人はその後逮捕されたが、通信制には関係のない人であった。新聞記者でさえこんな状況である。

通信制高校の可能性
新しいスクールモデル

 通信制=不登校生徒の引き受けと受け止められている場合が多い。 既存の学校制度になじまない生徒の受け皿としての役割である。不登校にはいろいろな原因がある。いいと思って入学したが学校が合わないとか、担任との関係、友達、クラブ活動、いじめなどで気まずくなって行きたくないとか、授業についていけないとか、あるいは学校での画一的集団主義教育についていけないとかさまざまだ。

 不登校生の解消にカウンセリング制度の充実が強調されているが、不登校生の数はそれほど減っていない。問題は学校制度の硬直性にあり、子どもの状況に対応が不十分なためと思われる。このような不登校生に活路を与える学校として、通信制を運営している学校が多数ある。既存の学校制度の補完的な役割を果たしていて、通信制の存在意義の主要なものとして、理解している人が多い。また一般社会から受け入れられやすい。

 もう一つの方向は、より積極的な方法として、通信制を見るのである。周知のとおり、少子高齢化が進み、中学卒業生人口はかつての半分以下に減少した状態が続いている。当然、学校数はそれに応じて半減するはずである。 ましてや全日制優先からすれば、通信制など生き残る余地はないはずである。しかし、通信制高校生は増えている。学校数も当然増えている。しかも、学校関係者よりも塾関係予備校関係とか、その他通信分野などからの参入者が新機軸を展開して経営している。 具体的にはダブルスクール的メニューで、生徒を集めている。

 学習指導要領では全日制に比較して、必要授業時間数(いわゆるスクーリング回数)は非常に少ない。さらに放送視聴も利用することができる。もちろん、学力向上のためにレポートの提出を各科目単位数に応じて、回数を義務付けられている。しかし、全日制に比較して、自由時間の確保がしやすい。このような通信制を「小人閑居して不善をなす」と劣った学校制度とみる教育者もいるが、この制度を積極的に利用して、より目的合理的なカリキュラム編成をして、生徒のニーズをくみ取ろうとする学校が注目を集めている。生徒の側でも、この自由時間を自己の向上につなげる時間として、利用しようとするものも多い。技術進歩、スピード化は日進月歩で進んでいる。その目的は何か。究極的には自由時間が少しでも多く欲しいからである。通信制にはその自由時間が初めからあるのだ。しかもその自由時間の価値は、社会が進歩し、裕福になればなるほど高まる。社会が混乱し、貧困な状態では、自由時間に価値は認められない。また、自由時間を享受するところもない。

 社会が安定し裕福になり、交通・通信手段が発達してくれば、時間の価値はますます高くなる。ITの発達、交通機関の発達、グローバル化の進展は、通信制の学校にますます多くの新しい可能性を与えてくれる。現在、難関大学進学コース、スポーツコース、海外留学コース、調理コース、音楽コースなど、いろいろなダブルスクール化が可能となり、国内だけでなく、国際的にも成果を上げている学校がある。

 学校評価に進学実績がよく使われるが、最近の実績をみれば、一般の全日制高校よりも優秀な成果を上げているところが多い。新しいスクールモデルとして、いろいろな可能性をもっており、ますます発展していくと期待される。物不足の時代には、生産者(企業)優位>消費者の関係であった。しかし、今日のように豊かな時代になると、消費者優位>生産者(企業)と逆転する。学校制度についても、学校>生徒、保護者の要求から社会的諸条件の変化により逆転している。通信制はその要求に対応しやすいが、その場合、1958年の「学習指導用要領」の誕生以来、模索されてきた「学力とは何か」に関する果てしなき議論、「子ども中心主義、ポピュリズムの罠」にどう対処していくか、考えていかなければならない。

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