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2005/1 塾ジャーナルより一部抜粋

難化する首都圏の中学入試 塾の立場とその基本姿勢−

  首都圏模試センター代表取締役 樋口 義人  
     
 

受験者数増加は必至

 帰国子女の入試を皮切りに、今年度の首都圏の中学入試はすでに始まっている。

 果たして、今年度の総受験者数は増えるのか、横バイなのかと、見解の分かれるところである。

 昨年の10月度の大手模試(三大模試「首都圏」・「四谷大塚」・「日能研」)の、総受験者数の伸びが、2.2%であったことから、この近辺で推移するのではないかと予測している。

 昨春が、4.7%の増加で(総受験者数は首都圏模試センター推定44,500人であった)、一挙に受験率(卒業生比)が15.2%へと、15%の大台を超えるなど、その急伸振りが話題になった。

 それに比べて、今年度の増加率の予測の低さにほっとするところがあってもおかしくないわけだが、昨春の中学入試が急激に難化したことが、昨日のように思い出されるわけで、いかに小さな伸び率でも、さらに難化が進んでいるわけであるから、高原状態の厳しい中学入試が進行中であると思って間違いない。

 昨春の中学入試の厳しさは、いろいろと取りざたされているが、ひとつには、2月4日以降の後半戦で応募者の増加した私立中学校が、例年になく多かったことである。

 このことで、全体を物語ることには無理があるが、難化したことを証す1つの象徴的なデータと言える。

 さらに、この応募者のうちの少なからぬ受験生が不合格となり、それも、成績上位生の中から全滅して、不本意ながら公立の中学校へ進学してしまっているのである。

 昨春の、中学入試の受験生は、「新学習指導要領」の導入後2年目に当たり、この生徒たちの4年時にはいわゆる移行措置で、実質的に合計3年間の「新指導要領」に基づく小学校教育を受けて、中学入試に臨んだわけである。

 学力の低下は、年を追うごとに進んでおり、塾でも、模試においても、その現場では実感しているところである。

 結果的に、学力的な、基礎・基本を含めたムラがあり、合格、不合格に影響したのである。つまり、上位生でも、欠点をつかれて不合格になってしまった。

中学入試のブームの背景

 小学6年の男の子がやって来て、「先生、いろいろと受験する中学校についてアドバイスをいただきましたが、北京に行くことにしました」。先生は驚いて、「なに、君は中学受験をやめて中国に行くの」。生徒は、「いえ、この学校を受けます」(文京ご三家、京華・京北・聖学院の一校、京北を指して)。

 これが、小学生らしくて、叱るに叱れないかわいいところである。

 従って、中学入試でも、思わぬアクシデントに見舞われることが多々ある。その対策は、保護者と塾で、事前にあらゆる事態に対処できるように、スケジュールなどを綿密に立てておくことである。これが、中学入試が親の受験であると言われている所以である。

 ところで、国立・私立中学校の入試が、今日のようにブームになったのはなぜなのか、確認しておきたい。

1. クリーンな入試である。

推薦入試のような、他者の推しの優劣が入試の結果を左右するなどということはなく、当日の筆答の結果で合否が決まる。もちろん、コネとか、縁故に類する逆転合格もない。

2. 入試本番の頑張りで合否が決まる。

これは、直前まで合格に向かって励めるということである。内申書とか、小学校の通知簿とかで示される日常の成績は、全くと言ってもよいくらい、合格に関係しない。

 これらを、出願の時に提出させる中学校が少数ではあるが、ある。しかし、そこにある成績(学力)についての記述は、学校間格差があるなどの理由でほとんど参考にされない。

 そして、入試本番で本人が持つ力を答案用紙に表現してさえくれれば、合格の可能性が広がるわけである。つまり、受験前までの、偏差値とか序列は一切関係ないのである。

 こうして考えてくると、的を射ていない言い方になるかもしれないが、一種の射●心をくすぐるような感がしないでもない。もちろん、保護者は、大真面目に子どもの学力の伸びを期して、合格へ向かって歩まれている。

3. 志望校が自由に選べる

 塾とか、中学入試に精通している先生に相談することはあっても、最終的に決めるのは、本人と保護者である。

 それは、他者の誰からの指図も受けないわけで、思いっきり、親の教育権が行使できる入試なのである。

 入学試験というハードルはあるものの、その向こうには、保護者の教育観に基づいて選んだ中学校に、進学させられるわけである。

 特に首都圏では、310余校もの中学校が、それぞれが独自の教育方針で、それぞれが個性豊かな教育を展開しているので、選びがいがあるといういうものである。

4. 高校入試がない6年間一貫校であること。

 高校入試がない分、6年後の大学進学を目標に、むしろのびのびとした学校生活を送ることができる。そこには、本来のクラブ活動があり、強い絆で結ばれた友人ができるなど、12歳から18歳までを一緒に過したその過程で得られるものは、ほかでは得ることのできない、一生の財産となる。

 カリキュラムの編成においても、6年間を効率よく独自に体系立てているのが、この中高6年間一貫教育である。

 1987年に答申された、中曽根首相(当時)の諮問機関「臨時教育審議会(略して“臨教審”)」でも、この6年間一貫教育の意義については、前向きな内容であった。その後、文部省(現文部科学省)でも、全国500校の中高一貫教育校の設立計画を立ててきたのである。

 つまり、一生のうち、もっとも多感で、成長率の高い12歳から18歳までを、一貫して教育することの教育効果については万人の認めるところとなってきている。
結果的に、1980年の初めから、開成高校が、23年連続東大合格者数1位を保っていることがひとつには、この中高一貫校の教育効果と見てとれる。
残念なことではあるが、私立高校の大学実績が公立高校を上回って久しい。

公立校不信が強まる

 「新学習指導要領」が施行されて3年経ったが、ますます保護者の公立校への不信、不満が強くなってきた。

 失礼ながら、保護者の大部分は各自の教育観はお持ちでも、教育については素人である。カリキュラム、教材など、何が適切で、それらをどのように教育現場で展開していくのかについてである。

 しかし、今日の公立の小学校、中学校でのそれらの貧弱さに気付かざるを得ない内容とレベルになってしまっている。

 例えば、中学校の数学の30%削減は、1学年分がなくなり、旧課程の2年までしか履修しないで、高校へ進学させていると言えるような状況である。

 片方、私立中学校の特に進学校型のカリキュラムは、大方中学2年生で旧課程の中学3年分を終え、つまり先取り学習を行い、中学3年で高校課程に入っていく。

 中学校終了時点で公私間で旧課程の2学年分の差がついてしまっているわけである。この差は、いかに優秀な生徒でも、ほとんど取り戻せないままに大学入試を迎えることになる。

 その結果、旧課程でも、公立高校と私立高校の大学実績に差があったものが、この先さらに私立高校優位となることが簡単に予測されてしまうのである。
「数学力をどうつけるか」(戸瀬信之教授著、ちくま新書)で、戸瀬先生は、この新学習指導要領がいかに憂慮されるものであるかを述べられているので、ご参考にしていただきたい。

 あとがきで「多角的な視点から、体系的に物を考える子どもを育てる、あるいは人類が蓄積してきた深い洞察を子どもたちに伝えるには、現在の軽量化した公教育では機能しないというのが、私の危機感の始まりであった」と。

 私立中学校の入試ブームが、とどまることをしらないと言いたくなるぐらい、今回のこの公教育・公立不信が世の保護者たちを私立中高一貫へ走らせている。

「塾」の基本姿勢

 古い考えだと、反論があるであろうことは、用意に想像されるところであるが、塾はマイナー、学校はメジャーというスタンスが、いろいろな局面において、スムーズに事が運べるように思う。

 特に、保護者の前で、これから情報を得て、わが子の進学先にするかもしれないところで、塾が上位の立場でその学校を説明したり、もっと避けたいのは、その学校の改善点を挙げるなどして、いかに自分が影響力があるかを誇示したりすることがある。
塾は学校の「小判鮫」であるという“小判鮫商法”という考え方、また、じゅくは学校の
  「吸血鬼」という言い方もあるにはあるが、そこまで言わなくても、これらは学校あっての塾だという基本的な考え方であることが理解できる。
ここには、学校は、保護者の受験生の希望の星であること、つまりあこがれの的であるのだから、みじんも汚してはならないということが言いたいのである。
そして、学校が輝き、隆々としていることが、ひいては塾の繁栄につながるという考えである。

 ついでに、先人から指導を受けたことの1つに、学校経営、学校教育(全人格の陶冶に責任を持つこと)に携わった経験もないのに、評論家風にものを言っても、説得力をもたないと。

 もっとも、この先人は、全私立校、つまりどんな私立中学校も公立よりはよいと言いながら、市場を拡大していった。
私立中学校の先生からも、塾の立場について、サジェッションをいただいたことがある。
  「風呂のかま焚き論」である。塾の先生たちは、私立学校という風呂のかま焚きなんだから、もっとススで真っ黒に汚れて、さらに灰まみれになって吹け。吹き方が足りないから、募集にも苦労している学校が出てくるのだと。

 営業のポーズとはいえ、学校が「塾あっての私学」だとおっしゃることで、塾の方がその言葉に甘えていないか、自戒を込めて。

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