「トラブルにならないために──学習塾が取るべき措置」
社団法人全国学習塾協会 副会長 伊藤 政倫氏
学習塾や外国語教室、エステティックサロンなどは、支払った金額に見合う対価がすぐに表れるものではありません。そのため、消費者とのトラブルも起こりがちです。2002年に東京都消費生活センターに寄せられた苦情は、学習塾351件、外国語教室1,413件、エステティックサロン2,238件、パソコン教室357件でした。
学習塾全体の数の多さからすると、他業種に比べてクレームの割合は少ないと言えます。しかし、東京都だけでも毎年300件以上の苦情が発生していることも無視できない事実です。
苦情の中では、解約と返金に関するものが多数を占めています。塾をやめたいと申し出ても受け付けてもらえない。あるいは、納めた授業料を返してもらえないというものです。塾の中には広告に堂々と「いったん納めていただいた費用はお返しできません」と記載している例もありますが、現在では明らかに〔法律違反〕です。
「概要書面」と「契約書面」が必要
塾業界にかかわる主な法律は、「特定商取引に関する法律(特商法)」「個人情報保護法」「著作権法」「景品表示法」です。
「特商法」は訪問販売・通信販売・電話勧誘販売・特定継続的役務提供などについてルールを定めています。この「特商法」の中の「特定継続的役務提供」に、エステや外国語教室、学習塾などの商行為が含まれています。
学習塾に最も関係するのが「特商法」です。学習塾で「2カ月を超える契約」と「5万円を超える支払い」の2つの条件がそろうと「特定継続的役務提供事業者」とされ、法律の対象となります。
「うちは1カ月契約で、月謝も2万円だから」と安心できません。4月の入塾時に「夏期講習は必須です」と言えば、2カ月を超す契約とみなされます。また、年間を通じて使用する教材を渡している場合も年間契約とみなされます。月々2万円でも年間では24万円となり、5万円を超えてしまいます。現在の形態ではほとんどの学習塾が対象となります。
特定継続的役務提供事業者には様々な義務が課せられています。
まず、「概要書面」と「契約書面」の2つの書面を用意しなければなりません。「概要書面」は、授業内容・期間・支払うべき金額・クーリングオフや中途解約に関する事項などを詳細に明示し、契約前に相手方に渡します。その上で「契約書面」により契約を交わします。どちらの書面も、記載すべき事項・内容が厳密に定められていますので、詳しくは当協会のHP(http://www.jja.or.jp/)をご覧いただくか、お問い合わせください。
この2つの書面が整備されていないと、契約そのものが無効となりかねません。例えば、簡単な申込書によって入塾。2〜3カ月後に子どもがやめたいと言ってきたので、今月分の授業料を返そうとします。ところが「まだ契約書を交わしていないから、クーリングオフにする。全額返してください」と言われると、法律上は太刀打ちできないことになります。
また、入塾に際して「個人情報に関する取り扱い同意書」も交わしておいた方がよいでしょう。これは「あなたの住所・氏名を聞いたり、成績を預かったりしますが、本来の塾業務以外では使用しません。場合によっては、教室の中で成績上位者として発表したりすることはあります」など、あらかじめ個人情報の取り扱いに関して本人の了解を得ておくものです。
クーリングオフや中途解約についても、法律で定められています。クーリングオフは、相手方に契約書面が渡ってから8日を経過する日まで。8日を過ぎると中途解約になります。相手がやめたいと言えば、時期・理由の如何にかかわらず応じなければなりません。
中途解約の場合、塾側は「提供された役務に相当する対価」、つまり生徒が月の半分まで授業を受けたとすると、当月授業料の半分を請求できます。さらに違約金として「次月分の授業料か2万円」の、いずれか低い方を請求できます。ただし、これは法律上の権利であり、その前に、義務である書面の交付や適正な契約がなされたかが問題になりますし、実際に請求するかどうかは判断を要するところでしょう。
違反で業務停止命令も
「個人情報保護法」は昨年に成立しました。生徒の住所・氏名・成績などはすべて個人情報です。法律では「過去6カ月以内のいずれの日においても、5,000人を超える個人情報を有している」と、「個人情報取り扱い事業者」とみなされ、情報を適切に扱うための義務を課せられます。「生徒が5,000人もいないから大丈夫」と思われるかもしれませんが、問題となるのは生徒数ではなく個人情報の数です。卒業生名簿、調査書に記入されている家族の名前、DM用の名簿なども含まれますので注意が必要です。
ところで、財団法人日本情報処理開発協会(JIPDEC)が運用するP(プライバシー)マーク制度は、個人情報を適切に取り扱っている業者であると、保証するものです。当協会はPマーク付与認定機関に指定されています。近年、大手塾によるPマーク取得が相次いでいますので、今後は取得していない塾が浮いてしまう恐れがあります。
「著作権法」も改正されました。入試問題をそのまま使用して、プリントや問題集をつくって営利目的で使うと違反です。先日、著作権協会から当協会に「塾は違反している」と抗議がありました。これに対して私どもは「入試問題を直接に使っているのではなく、教材会社が問題集としてつくった教材を使用している」と説明しました。しかし、実際に調査されて入試問題などの無断使用が発覚すると、違反の対象業者とされかねません。
最後の「景品表示法」はあまり馴染みがありませんが、誇大広告などの表示に関するものです。
誇大広告禁止など「禁止行為」も知っておく必要があります。例えば広告に、「春期講習無料」と大きく書き、隅に小さな字で「教材費は別途いただきます」とあると、消費者を釣る誇大広告とみなされます。また明確な根拠なく「合格率ナンバーワン」などとすると「有利誤認」の禁止行為に該当します。同様に「東大合格35名!」と書いていても、実は過去数年間の累計であれば「事実誤認」に当たります。広告には効果をねらって少し大袈裟に書く傾向になりがちですが、気をつなければ、業界全体のモラルも問われることになります。
法律に無頓着なために、思わぬトラブルを引き起こす可能性があります。ここで注意していただきたいのは、実際には消費者からの訴えよりも、競合している同業者が通産局に通報するケースが多いということです。違反していると訴えられれば調査が入ります。その結果、違反が明らかであれば、業務停止命令など行政処分を受けることもあり得ます。
法律を研究し、Pマークも取得するなど対策に努める学習塾もあれば、一方で無関心がゆえに対応の遅れが目立つ学習塾が多いのも事実です。
全国安心塾キャンペーンを展開
当協会は自ら襟を正す形で、法律よりも少し厳しい「自主基準」を設け、正会員の皆さんに守っていただいています。この基準を守っている限り、法律に抵触する心配はありません。
さらに、皆さんをサポートするために「全国安心塾キャンペーン」を展開中です。内容は、(1)法律および自主基準の講習会開催、(2)概要書・認定契約書の発行代行、(3)Pマークの認定、(4)「学習塾サービス評価」の普及推進、(5)安心塾サポート「学習塾法務管理者」認定の5つです。
このうち(4)「サービス評価」は、当協会が設けた自主基準に基いて、契約内容などを法的に評価し、AAA(トリプルA)やAA(ダブルA)とランク付けしているものです。教育内容や指導方法の評価とは異なります。
また(5)の「学習塾法務管理者」は、法律上の資格ではありません。法律を学び理解したと、当協会が認定するものです。初級・中級・上級の3段階があり、それぞれ3時間ずつの講習を受けていただきます。第1回目は7月4日・5日に東京で実施しました。第2回目は11月7日・8日を予定しています。
私たちは子どもを教育する立場から、あらゆる業種の中で最も法律を守る業界であるべきです。現行の法律には実態に合わない箇所や不具合もあると感じますが、まず自らが襟を正さなければなりません。
当協会の担当者は経済産業省に何度も足を運び、学習塾業界の実態を正確に説明し、不備の是正も訴えています。その後ろ盾となるのは、全国各地で、誠実に子どもたちを教育されている先生方です。まじめな塾が力を合わせて、アピールしていかなければなりません。当協会にご賛同いただき、ぜひともご入会いただきますようお願い申し上げます。 |