突出した広告でブランドを確立
「近大流コミュニケーション戦略」
――「関関同立」「産近甲龍」といった、大学の固定した序列を打破するような広報戦略を取られてきました。そのきっかけを教えてください。
世耕石弘氏(以下、世耕) 近畿日本鉄道(近鉄)にいた頃から感じていた「ブランド力の差」が根底にあると思います。当時から近鉄と阪急では、阪急の方が高級感があって、百貨店や系列ホテルの客単価、沿線の地価にまで影響を与えていました。その頃から「ブランド力というものは無視できない」と思ったのが、まず一つです。
それと、近鉄は「大阪近鉄バファローズ」という球団を持っていたのですが、唯一の在阪球団にもかかわらず、兵庫県・西宮の阪神タイガースが大阪を代表する人気球団になっていました。私は当時の球団広報にも一部関わっていましたが、阪神タイガースの試合の方が圧倒的にお客さんが入るわけです。
つまり、必ずしも「強いチームだから人気がある」とか「いい商品が高く売れる」わけではない。この差には「ブランド力」があると気付きました。これらの経験が後の大学での、ものの考え方につながりました。
――ブランド力、つまり大学においては序列が志願者数を左右していると思われたのですね。
世耕 近大に来たばかりの頃は、塾や予備校周りをすると随分悔しい思いをしました。「うちのターゲットは関関同立まで。近大さんは入っていません」とはっきり言われてしまうわけです。でも、私たちはその塾から何人近大を受けて何人落ちたかというデータを持っていて、実際は近大に1人も合格していないんですよ(笑)。出願方法によっては近大に合格する可能性があった生徒さんもいたと思うのですが、話を聞いてほしくても「うちは関関同立までだから」と、全然耳を傾けてもらえませんでした。
「関関同立」「産近甲龍」というのは、大学の括りの名称でしかありません。もし「関関同立近」になったら、「産近甲龍」という言葉が使えなくなってしまうから、序列が崩せないだけなんです。どれだけ教育や研究の中身に力を注いでも、キャンパスをきれいにしても、この括りは変わらないという事実に直面しました。
――それをどうクリアされたのですか。
世耕 この括りを突き崩すには、近大の情報を思わず目をひく方法で、世の中の人に伝えていくしかないと考えました。
例えば、自動車会社は性能向上のために莫大な投資をしていますが、実際に乗る人はそこまで性能を気にしていませんよね。CMのイメージで購入する自動車を決めているケースも多いと思います。近大もいい研究をしているのに、見えづらいから志願者増につながらない。ならば、突出した広告で注目を集め、大学をブランディングしようと考えたわけです。それが「近大流コミュニケーション戦略」の考え方です。
――具体的にどのように戦略を進めたのか教えてください。
世耕 最初に行ったのは、2008年夏の『近畿大学への近道です』という広告でした。それまで西宮などの阪神方面から近大に通うには、梅田駅などで乗り換えをしなくてはいけなくて、いわゆる「梅田の壁」がありました。それが、2009年3月から阪神電車の近鉄への乗り入れが決まったことで、アクセスが良くなることがわかったのです。
通常、鉄道会社はダイヤ改正前の2月頃からしか相互乗り入れのPRをしないのですが、それでは大学入試に間に合いません。そこで、近大では前年の夏頃から電車の中吊りに広告を出し、大々的にPRをしたのです。そうしたら、そのことを新聞が取り上げてくれ、話題となり、兵庫県からの志願者は約10%増えました。そこで手応えを感じたことから、少しずつ、広報の方向性が変わっていきました。
関西弁や面白さで勝負
創立以来の「大衆大学」
――その後も、インターネット出願の『近大へは願書請求しないでください』(2012年)や、火口からマグロが頭を出している『固定概念を、ぶっ壊す。』、今年度入試を告知する『近大は万博だ』(2019年)など、インパクトのあるキャッチコピーの広告を展開し、成功されています。他の大学との差別化としては、どのようなことを意識されていますか。
世耕 うまく利用しているのは「大阪」というキャラクターです。京都の大学は、京都の寺院や祇園祭や葵祭などをうまく使っています。京都や神戸にない強みと言ったら「面白さ」やコテコテの「関西弁」。それを打ち出していきました。東大阪キャンパスがある東大阪市は、中小企業の街。私たちはこの土地の血と汗と油にまみれた世界の空気感の中で育ててもらっている大学だという思いがあります。
その頃は塾業界のキャッチコピーも色々と参考にさせてもらっていました。四谷学院の「なんで私が東大に?」のシリーズとか、家庭教師のトライのCMは面白かった。教育分野の広告だから、おとなしくする必要はないと考えていました。
それに元々、近畿大学の初代総長・世耕弘一は設立当初から「総合大学」と「大衆大学」をつくるという目標を掲げていました。医学部から文学部まで全学部を揃えた、すべての日本人が大学教育を受けられる、時代を見据えた先駆けモデルとなる大学です。
今は志願者が増え、「誰でも入れる大学になっていないのではないか」という声もありますが、通信教育部もありますので、他の大学とは違う「大衆のための大学」というスタンスは変わっていないと思います。
――東大阪キャンパスはアカデミックシアターをはじめとして、とても新しくきれいですよね。
世耕 ありがとうございます。大学全体が広報の効果を理解してくれているので、キャンパスが対外的にどう見えるかも、非常に気にしてくれているのだと思います。
実際、広報のスタッフがキャンパスのプロジェクトに入ることもあります。24時間の女性専用自習室をつくった時、「夜8時から朝6時までを女性専用にしたらいいじゃないか」という意見も出ましたが、広報的感覚では「日本初の女性専用」にしないと意味がない。日本初じゃないと世の中に響かないということで、女性専用の自習室が誕生しました。
「日本一」の広報効果は絶大
このスタイルを貫き通す
――2019年度の一般入試の延べ志願者数は15万4672人と、6年連続で日本一を獲得されました。また、THE世界大学ランキング※2019では601-800位にランクインし、800位以内に入っている西日本の私大は近大だけ、という実績を残しています。この素晴らしい結果についてどう思われていますか。
世耕 志願者数に関しては「数ばっかり集めてどうするんや」とも言われていますが、初めて日本一になった時の広報的効果は、ものすごいものがありました。
学生数なら日大や早稲田大とそれほど変わらないので、同等の志願数を集めてもおかしくはないと私たちは感じていたのですが、日本一になった途端「あの近大が!」と、一気に風向きが変わりました。マグロ以外の取材が増えたり、テレビのドキュメンタリー番組として紹介されたりしたのも、志願者数日本一があったからこそ。それを考えると、日本一であり続けることの広報的効果はすごく大きいと思います。
THE世界大学ランキングは、偏差値とは違う新たな価値観での評価です。私たちにとってはこの評価はとても嬉しく、救世主とも言える存在ですね。2017年の『早慶近』の広告も、このTHE世界大学ランキングで私立総合大学の部類で上位に入ったのが早稲田、慶應、近大の3校だったことから生まれた広告でした。
――今後のビジョンを教えてください。
世耕 このスタイルをどれだけ貫いていけるか、ですね。広報的にもとにかく新しいこと、他大学がやらないことをやっていきたいと思います。「おもろい」と思われる研究がまだまだ大学の中で隠れていますので、もっと世の中に出していきたい。東京はまだ人口が多いですが、少子化の影響で、関西では中堅大学でも定員割れが出てくるのではないかと思われます。塾の先生方は少子化の最前線にいるので、よくわかってらっしゃると思いますが、私たちも危機感を感じています。
「一流大学になった」「賢くなった」と思った途端に勢いは止まります。私たちは常に「やったんねん!」と永遠に思い続ける大学でいたい。とにかく上昇志向。大学そのものが上に向かっていくスタンスを見せておいたら、絶対そういう学生が集まってくると思うんです。「もう近大みたいにガツガツしたところ嫌や」っていう学生がいるかもしれませんが、近大はそういう学生が集まっている大学になっているような気がしています。
――最後に、世耕さんが塾・予備校の立場だとしたら、どういう風に広報戦略を練っていかれますか?
世耕 とにかく、他塾と違うところをよく探しますね。小さなことでもいいんです。これは近大マグロと同じ発想です。近大マグロは研究成果の一つなのですが、今では大学全体を代表するような存在になっています。そうした絶対他にはないコンテンツを探してPRすると思います。
塾や予備校の広告は、合格者実績の数字を出している広告が多いと思うのですが、それは保護者にアピールする広告ですよね。一般常識にとらわれず「合格できる塾」だけじゃなくて、通う生徒にとって居心地がよくて「毎日通いたくなる塾」というコンセプトがあってもいいじゃないかと私は思います。
※イギリスの高等教育専門週刊誌『タイムズ・ハイアー・エデュケーション』が公表している世界の大学ランキング。教育、研究、被引用論文、国際性、産業界からの収入、の5分野について、13の指標でスコアを算出している。
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