自分たちの
テキストで教えたい
果敢に教材づくりに挑戦
── 今年、創業30周年を迎えられました。
後藤 創業時、私は東京大学の大学院生でしたが、啓明舎の教師としてほとんど毎日授業をしていました。3年間非常勤として務めた後、西ベルリンに留学し、教育思想などを2年半ほど学びました。帰国後、啓明舎に復帰し、以来、指導歴は25年以上になります。
── 啓明舎は自社で教材をつくられてきました。当時ではとても珍しいことでしたね。
後藤 当初は四谷大塚の準拠塾としてスタートしたのですが、やはり自分たちでつくったテキストやテストで授業をやりたいという想いがずっとありました。その後、四谷大塚を離脱して、ワープロでテキストとテストをつくったのが始まりです。
準拠塾でなくなることは塾生に伝えました。しかし、ほとんどの生徒はやめずに残ってくれました。
その後、啓明舎自身で出版社のコードを取得し、算数と国語のテキストを出版しました。次にカラー教材をつくりたいという話になり、それはさすがに自社で製作すると経費面や在庫管理が難しいので、理科は『子供の科学』を刊行している誠文堂新光社に、算数は東京出版から出版してもらうことになりました。
現在は、東京本社に教材研究室・中学受験チームがあり、そこで教材開発をしています。
── 啓明舎の教材の特徴は何でしょうか
後藤 一般的な受験教科書には載っていないようなことも取り入れていることです。例えば、社会であれば、高校で勉強することでも、小学生のうちに学ばせておきたい事柄があれば盛り込みます。理科も社会も単なる暗記科目ではなく、学ぶこと自体がワクワクしてくるような内容になるように工夫しています。
── どのような内容でしょうか。
後藤 理科や算数のテキストの中にはコラム(読み物)のページがあり、小・中学の内容を超えた「教養講座」的な内容も載せることがあります。
例えば心臓の血管について。胎児は胎盤を通して酸素を供給されているので、肺は機能していません。では、心臓に送られた血液は肺を通らずどうなるのか。それをテキスト内のコラムに取り上げました。実は胎児の心臓には卵円孔(らんえんこう)という左心房と右心房をつなぐ孔があり、肺には血液が循環しないのです。誕生後、初めて泣くことで息が入り、孔は塞がれます。私たちのテキストに載せたからだけではないでしょうが、その後、この問題はいくつかの中学受験で出題されました。
「See‐be」で臨場感
あふれる授業を実現
── 「教養講座」というと、大学の授業のようですね。
後藤 以前は「教養講座」という特別授業を行っていました。大人向けのいろいろな本や資料を解説しながら見せるものです。
私たちは子どもが勉強すること自体が楽しく思えるよう、映像を使ったり、コンピューターグラフィックを使ったりした授業をやりたくて仕方ありませんでした。
2009年にさなるの傘下に入った時、映像授業ツール「See‐be」が使えるようになったことは本当にありがたかったです。See‐beにはNHKエデュケーショナルの協力により、貴重な実写映像やCGがふんだんに使われています。
画像の使用権など製作費は莫大だったと思います。しかし、費用がいくらかかっても子どもたちのためになるものをつくろうとする、さなるの姿勢には、自分たちで教材開発をしてきた私たちと同じものが感じられました。
現在、すべての教室にプロジェクターを設置し、See‐beを使って授業をしています。
── 授業で工夫していることはありますか。
後藤 単純に映像だけを見せるのではなく、子どもたちの集中力を伺いながら、「話者(わしゃ)」として「次はどうなると思う?」と、雰囲気を盛り上げるようにしています。生徒と教師の呼吸を合わせるようなところは、昔の無声映画の弁士に近いかもしれませんね。臨場感あふれる解説をし、ノートを取らせて、よくできたら褒める。このやりとりこそが授業です。
── その他、工夫されていることはありますか。
後藤 「反転授業」ですね。啓明舎では予習用に授業映像をYou tubeにアップして、タブレットなどで授業の前に見てもらっています。「反転授業」という言葉が注目される前に、私たちはすでに行っていました。例えば、三角形の面積の求め方などは家でも学習してもらい、授業ではそれが定着したかどうかを確認した上で、もっと発展的な内容を扱います。事前に予備知識や期待感を持ってきてくれたほうが授業は発展しますね。
火曜倶楽部で提起
受験問題を面白くしたい
── 後藤先生は、平成14年度に発足した「火曜倶楽部」の発起人のひとりであり、幹事もされています。昨年11月に行われた私立中学受験分析セミナーには、首都圏模試センター、四谷大塚、日能研、SAPIXが2014年度の展望を分析し、400人を超える私学や学習塾の関係者が参加しました。
後藤 最初はほんの10人ほどが集まって、勉強会をやっていたのが始まりです。それが400人を超えるセミナーに成長しました。
私たち学習塾がプレゼンターとなって、入試問題における良問とはどういう問題か、学校側に問うこともしていきました。「入試問題は学校の顔である」とか「学校のアイデンティティが入試に表れる」とは、当時私たちが言っていたセリフです。若気のいたりで、偉そうなことを言っていました。
塾は生徒に勉強の楽しさを教え、中学・高校時代を有意義に過ごしてもらおうと指導しているのに、機械的に暗記するような入試問題ばかりが出たら楽しくない。覚えたくないものを無理やり詰め込ませて、それによって、戦士としてのスキルの高い生徒が入学するのが中学入試ではないと感じていたからです。
私は「受験戦争」という言葉が大嫌いです。そもそも戦争は誰かが勝って誰かが負ける。他の人を蹴落とすのが戦争です。受験も定員を上回る数の生徒が集まれば、選抜しなければいけませんが、その学校で学びたい気持ちを強く持ち、社会的なことに興味があり、「なぜ?」「どうして?」という探究心を持っている子どもが入りやすい問題であるべきだと思っています。
私たちが受験を変えたというほど不遜ではありませんが、火曜倶楽部が訴えることで、受験の方向性を変えられたらいいと願っています。私たちの話に耳を傾けていただける学校関係者の方も多く、いい意味で中学受験の問題を面白くし、中学受験そのものを楽しく有意義なものに変えていきたいと考えています。
── 公立中高一貫校の適性検査によって、中学受験の問題は変わりましたか。
後藤 私学の入試問題が変わったというより、公立の問題が明らかに変わったと感じます。当初、出題していた作文中心の問題では、適切な選抜ができないと判断したのだと思います。明らかに私学入試と同じような学力重視の問題になっています。
受験対策も、今では私学も公立も基本的には同じです。啓明舎では公立を受験する生徒はほとんどが私学との併願で、公立単願は毎年1〜2人だけです。
中学受験の
つらさも楽しもう
小2年から募集を開始
── 受験を間近に控えた生徒にはどんな言葉をかけていますか。
後藤 毎回必ず伝えているのが、「何のために受験するのか」「お父さん、お母さんは今、どんな気持ちで君を送り出しているのか」といった思いの部分を伝えています。
── 万が一、志望校に合格できなかった生徒にはどんなフォローを。
後藤 フォローの言葉はあまり考えていません。落ちた生徒がいたら、私自身も悔しくて仕方ないので、慰めよりも「悔しいなあ。でも、それを次でリベンジしよう」と励まします。2月1日に合格が取れなくても「こんなつらい中、もう一度頑張らなければならない状況は、一生の中でも何度もない。だから最後まで楽しまなくてはもったいない」とも言います。
── ポジティブな方向に持っていくのですね。
後藤 大人になってから「あの時は本当に泣きそうだった」「お母さんのほうがボロボロだったね」など、将来、その時の思い出が話題にできる。中学受験はそんな思い出や宝物になるものだと思います。
小学6年生というのは、人間としての人格が固まってくる時期。でも、まだまだ親と手を取り合って泣けるくらいの親子関係です。どんな形であれ、一緒に戦ったという絆が強ければ、子どもも安心して巣立っていけますし、親も安心して送り出せる。中学受験は親離れ、子離れの儀式なのです。
── 今後の抱負を聞かせてください。
後藤 私たちが培ってきた教材などをもっと多くの方と共有できるよう、さらに教室を展開したり、提携塾を増やしたりしたいと考えています。
おかげさまで、26年度の生徒数は、前年比20%増になりそうです。生徒数は現在550人。パズル道場を入れると約650人です。今年の夏には700人を超えたいと考えています。今までは3年生から受け入れていましたが、今年の春から2年生から募集を始めました。これまでもリクエストはあったので、早い段階から勉強につながることをやっていきたいと思います。
── 本日はどうもありがとうございました。 |