「自己肯定感」を育む取り組みの成果が着実に
今春、大阪府内の私立中学校で募集定員を満たした学校は、全体の3分の1といわれる中、追手門中学校は90名の定員に94名が入学した。結果について、中高で教頭を務める木内淳詞氏は、「理念教育に対する共感と受けとめている」と話す。「独立自彊・社会有為」の建学理念を日々の実践に落とし込み、進学と進路を不可分な指導として総合的、系統的に取り組んできたのが「進進プロジェクト」である。
プロジェクトの中心には「サイクル学習」と呼ばれる仕組みが据えられている。一元的な価値観によって失われがちな生徒の自己肯定感を回復することを目的としたシステムで、週単位で「小さな成功体験」を味わえる工夫がなされている。
一時間ごとの授業を大切に、週末に履修内容を反復し定着を図った後、確認テストを実施する。月単位・学期単位では得にくい達成感も週単位なら得やすく、積み重ねることで自信をつけ、自分の力を過小評価していた生徒に意欲を与えている。理解不足の生徒には丁寧なフィードバック講習を行うのは勿論だが、レベルアップを図りたい生徒には通信講座を利用した自主学習も取り入れるなど、5年目の進化も見られる。
プロジェクトの成果は数字に顕著で、特進アカデミック1期生(現中3)の五ツ木模試の偏差値は60をマーク。3年前の卒業生の51.7に比べると成果は歴然だ。国公立大学の合格者数でも今春は30名と昨年の2.5倍。関関同立では249名(延べ人数)と昨年比1.3倍となった。
だが、木内教頭は「数字に顕れた成果はあくまで副産物であって、数字や実績を挙げるために開発したシステムではない。本来の目的は生徒が自主的に行動し、自らを高めていく力をつけるという理念の実践のため」と強調する。
関連して、先取り学習を目的化していない点にも触れて、「以前行っていたが、(先取りが)プラスに働くのは上位層の生徒に対してだけで、多くの生徒にとっては基礎力の定着に時間をかけた方が結局は伸びる」とも話す。
中高一貫教育で得た時間的・精神的余裕は、専ら「伸びゼミ」と呼ばれる、課外講座に注がれる。考える力、問題発見能力をつけるねらいの教養講座で、5教科すべてで授業とは一味違う興味関心の幅を広げる講座が準備されている。そのひとつ「安威学」は、地元、安威を探索研究する地域学。将軍山古墳など地域遺産を活用し、生きた社会科学習として人気が高い。
関係性の中で育つ
自彊の精神
理念を具現化するうえで、自己肯定感とならび重視されてきたのが関係性の構築である。自己肯定感は他者から認められてはじめて生まれるものである以上、欠くことができないのが生徒同士、また生徒と先生の間における共感である。つまり自尊心を育むための自分を高めるエネルギーとして、関係性が重視されるのである。
教員は生徒の良き点を認め、褒めることを日々心がけるものだが、これは案外難しい。「批判や欠点の指摘は遠くからでもできるが、良いところを見つけようとすると生徒に寄り添ってつぶさに見ていなければできない」と木内教頭。そのため、併設大学の心理学部から教員を迎え、コミュニケーションの取り方やカウンセリングについて教員研修を行っている。 |
行事では学年枠を取り払った縦割り行事を多く取り入れているが、これもまた年齢差による共感を生みだす環境の一つだろう。また、追手門独自の「層別学習」は、多様性あるクラスをそのままに、学習レベルに応じた指導も受けられるよう工夫された取り組みである。一般にいう習熟度別クラスとは異なり、クラスは平準化したままサマースクールや放課後指導のみレベル別指導を行うというもの。普段の教室に得手不得手があるからこそ生まれる、補い合いは中学という発達段階において、特に貴重な関係性構築の場といえよう。
高校になると「理数英数選抜」、「理数英数T類」、「理数英数U類」の3コース制が採られるが、コース制のポイントはやはり多様性だ。文理一括入試で希望コースを指定して受験、成績に応じて在籍コースが決まるが、高1終了時に転コースが認められている。固定化しないことで関係の広がりを生んでいる。
志望大学が決まる頃になると、目指す大学群によって自主学習チームが結成されている。例えば東大、大阪大、京都大、神戸大を目指す生徒によって、その頭文字からなる「TOKKERS(トッカーズ)」が結成され2年目を迎えている。集団化することで互いに切磋琢磨する環境を生徒自ら創りだすようになったのである。
こうした関係性の中で自ら伸びていこうとする自彊の精神は、卒業後も長く財産として蓄えられ、追手門が目指す理念教育の成果を社会に示すものといえるだろう。
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