世界とのつながりを
意識し、進路を拓く
快晴の5月、神戸市垂水区の高台に愛徳学園を訪ねた。教室からは瀬戸内海にかかる明石大橋、さらに淡路島までを望む眺めが爽快である。JR垂水と舞子の両駅から、また地下鉄学園都市駅から学園前までバスが運行されており、通学の便、教育環境ともに申し分のない立地である。
中学1年生の教室に入ると、生徒たちは皆人なつっこく、併設小学校からの進学組も、中学校から入学してきた生徒も区別がつかないほど打ち解けている。教室一杯に元気が溢れるが、始業のベルと共に着席し、教員が教室に入れば起立して迎える。このけじめが愛徳スタイルである。
教室の掲示板に開発途上国から送られてきた男の子の写真があった。同校では海外の子どもたちを支援する里親制度に取り組んでおり、教育費などの支援を受ける子どもたちから手紙や写真が送られてくるのだ。
こうした支援は学園の母体である愛徳カルメル修道会の創立者・聖女ホアキナの“必要に迫られている人々への奉仕の精神”を国際理解教育という形で実践しているもの。昨年は里親制度から一歩踏み込んで、日本飢餓対策機構・世界里親の会のスタッフを講師に招き、世界における飢餓の現状や、克服に向けた活動の数々について中学生が学んだ。能美啓子校長は「ひとつの取り組みを継続して行うことはメリットがある反面、活動が漫然となるおそれもあります。実際に世界の現場で活動されている方の話を聞くことは、生徒に良い刺激を与えてくれます」と話す。
無論、生徒たちは講習前に数か月間をかけ、書物やパソコンから幅広い情報を得るなど事前学習を積んでいる。そこには決して一過性の行事ではない、息の長い国際理解教育が見えてくる。中高一貫であればこそ可能となる取り組みでもある。
能美校長はまた「国際理解教育といっても、大きなことから始めるのではなく、人に目を向け、関心を寄せることがまずは大切」とも話す。身近な人に対する理解があってこそ、広い視野での協調、協力関係を築けると説く。教室で初対面の記者に積極的に話しかけてくる生徒たちに、その理念の芽吹きが感じられた。
恵まれた環境と人との触れあいの中で、自分にできること、したいことをじっくりと見出していく。進むべき道や目標が見え進学先が具体化した時、指導の重点は受験対策へと移るが、その流れに無理がなく、実に丁寧に着実に進められているのが同校の特色である。この日は高校部の選択授業が行われていたが、教科によっては2〜3名の生徒で1授業を組むこともある。生徒の志望進路に合わせた、きめこまやかな指導態勢が整えられている。
|
|
1人ひとりに培われる
責任感とリーダーシップ
中・高生活6年間の始まりは環境が大きく変化する時期で、生徒にとって負担も少なくない。長くなる通学時間、新しいクラスメートとの出会い、教科担任制による授業、初めてのクラブ活動など、一時期に順応していかなければならないことは多く、生徒も保護者も気を揉む時期である。同校ではこの時期、新入生が学校生活に穏やかに慣れるよう、余裕を持たせたスケジュールを採っている。
中学部では入学後間もなく歓迎遠足やオリエンテーションが行われるが、これらの行事は1〜3年生の通学年の縦割り班によって活動し、活動内容は上級生によってプロデュースされる。かつて、自分たちが1年生であった頃の気持ちを思い出し、いかに新入生が学校生活に溶け込むことができるかに工夫が凝らされている。そんな上級生の姿を目にしながら1年生は愛徳の雰囲気を感じ取っていくのである。オリエンテーションも学校生活やクラブ活動についての説明を3日間かけて行うなど、段階を踏んで全員が学校生活になじんでいけるよう配慮がなされている。この丁寧さが後の学校生活の様々な場面で生きてくることは言うまでもない。
上級生も一人ひとりに役割が与えられ、それを全うするためリーダーシップが養われ、責任を自覚していく。「全員が女子ですから、力仕事も自分たちで片付けなければなりません。行事での企画、運営については教員に相談はしますが、各人が主体的に活動していくことができるのは女子校のメリットではないでしょうか」と能美校長。
母校であり、母港でもある
卒業生が立ち返る原点
人が出身校を訪れようとするのはどんな時だろうか。愛徳には卒業生がよく訪ねてくるという。「ある卒業生はとても忙しく活躍している人で、本来はここに来る暇はないはずですが、『忙しければ忙しいほど、ここに帰ってくると忘れがちなものを思い出す』と話してくれました。卒業生たちにとって原点に立ち返る場所であることをうれしく思っています」と能美校長は笑う。マスコミ、国際協力機関、医療現場など広く各界で活躍する卒業生が多いが、共通している点は愛徳で学んだ6年間がその後の人生に大きく影響を与えている点だ。
フィリピンを起点に世界各国で救援活動を行う相原洋子さんは「NPO団体・国境なきこどもたち」の立ち上げに参画し、昨年起きたパキスタン大地震でも同国を訪れ、被災した子どもたちに救援の手を差し伸べている。言うまでもなく愛徳で学んだ奉仕の精神を地球規模で生かしている人だ。相原さんは在校生を前に救援活動の報告会を開いたが、先輩から聞く世界の状況は説得力を持って後輩たちに届いたに違いない。
また、フジテレビアナウンサーの政井マヤさんは、友人同士で互いの良さを認めあうきっかけとなった様々な学校行事を思い出し、「愛徳だからこそ学べた奉仕の気持ちと祈りの心は、大きな財産として人生を支えてくれる」というメッセージを学園に寄せている。これから進路を選び取っていく後輩たちに、その道は違っても大きな励みになるだろう。
成功した、あるいは活躍している者だけが母校を訪れるのではない。ただ、誰が訪ねて来ても教員は一人ひとりの卒業生の名前を覚えている。どんな境遇の時も拠り所となる場所に帰って行くことができることは、人生の財産と呼べるだろう。卒業生にとって学園はまさに第2の家庭であり、自分を見つめなおす場所だ。帰っていける場があってこそ、失敗を恐れず困難に挑戦できる。学園の聖母マリア像は巣立っていった卒業生たちをも、その両手に抱いているのかもしれない――そんなことを考えながら学園の坂を下りた。
|
|