大切なのは、“情”を磨くこと
今春から、洛南高等学校校長と真言宗洛南学園の学園長を兼任することになった川田信一氏は、生え抜きの先生で、同校に着任して45年目になる。
「附属中学校や小学校ができたり、共学になったり、高校がコース制に変わったりしましたが、基本は変えてはいけないと思っています」と川田校長が言う通り、同校の教育の柱は不易だ。それは、将来を見据えた人間教育を行う学校であることと、様々な生徒を受け入れる総合校であるということだ。
同校の人間教育は、「心」「学」「身」に重点をおき、仏教の三帰依を現代の言葉に直した「自己を尊重せよ」「真理を探求せよ」「社会に献身せよ」を校訓としている。
「心」の教育の中心となっているのが、毎月21日に行われている「御影供」法要。生徒と教職員が集い、校長の講話を聴き、仏教の教えに触れて自己の根源に思いを致す日である。今年の新入生を迎えた最初の「御影供」で川田校長は、「本校は、色々な生徒が集まってきて、それぞれ自分の能力を磨く学校です。その根本は“情”を磨くということに尽きます。どれだけ能力があろうと、情が理解できない人は、単に能力があるというにすぎません。情がわからない人を周りが支えてくれるとは思えません。情を磨き、全世界を幸せにしてください」と説いたという。
仏教の教えに基づく心の教育は、挨拶や掃除など、学校生活のあらゆることに及び、教師自ら手本を示す。世界遺産・東寺(教王護国寺)に隣接する同校へ取材で訪れるたび、境内の通学路にゴミひとつ落ちていないことに感心させられる。吹奏楽部の生徒たちが、毎日、朝練後に掃除しているとか。これも顧問の先生の指導によると聞いた。
難関大学合格は
次のステップで成就するための
手段に過ぎない
洛南は全国的に進学校として知られているが、それは同校の一面であり、難関大学合格実績そのものは重視していない。難関大学進学は、生徒が次のステップで成就するための手段に過ぎないからだ。同校の指導の特徴は、生徒が高校を卒業して15年後をイメージしていること。33歳の時点で、社会の役に立ちながら、自分自身の道を追求できているかにある。だからこそ、3年、6年で結果を出す“促成栽培”ではなく、迂遠な方法での指導が行われている。
学習面においても、基本は自学自習。自ら学ぶ予習中心の学習習慣が身につくよう指導している。毎週、小テストで確認し、誤答が多い問題については、教科担当がもう一度解説。基準点に達しない生徒には、ノートのまとめ直しについて指導するが、補習はない。あくまで自ら学ばせるというわけだ。
高校では2年前に従来のV・T類から、最難関国公立大学・学部を目指す空パラダイムと、多様な価値観を育み、難関国公立大・有名私大を目指す海パラダイム(αプログラム・βプログラム)の2コース制になった。今の3年生の空パラダイムの生徒たちについては、「大変そうですけど、彼らの希望が成就できるという手応えは持っています」と川田校長の顔がほころぶ。 |
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ちなみに、今春、同校では医学部医学科の合格者が例年より増え、約115人(国公立約70人、私大約45人)となった。川田校長は「医学部志向が本当に強くなってきました。このままでは、うちは医学部志望の生徒の学校になってしまう。こういう医師になりたいという希望があるなら諸手を挙げて応援しますが、単に医師になりたいという生徒が増えたことは、本校としてはいい傾向とは考えていません」と述懐した。この話からも、洛南の教育のあり方が垣間見える。
また、総合校という本来のあり方に鑑み、文系に力を入れるべく、現役の裁判官や外務省職員にきていただいてのキャリア教育も実施している。
クラブ活動も
将来の開花を
目指して指導
洛南では、「身」の教育を担うものとして、体育、行事、クラブ活動を重視している。それらによって、健全な心身はもとより、献身的精神、公正心、協調性などを育むことができるからだ。
バレーボール、水泳、サッカー、バスケットボールなど、クラス対抗で行われる競技大会が実に多く、これらは体育の授業とリンクしている。勝負にこだわり、「担任は必死です(笑)。優勝したら、抱き合って喜んでいます」と川田校長。担任と生徒が一丸となるのも洛南の伝統である。ちなみに、体育祭には3千人、文化祭には4千人も外部からの来校者があるという。
クラブ活動も活発で、インターハイや国体などで素晴らしい成績を収めている部が多い。しかし、高校在学中に開花し、結果を出すことを求めてはいない。川田校長は「直截的な表現になりますが、顧問は、『潰さんとこう』という思いをもって指導しています」と言い、クラブ活動でも“促成栽培”をしない顧問を称えた。
洛南の建学の精神は、弘法大師の「物の興廃は必ず人に由る 人の昇沈は定めて道にあり」という言葉。あらゆる面において大師の志を受け継いだ人間教育が行われていることに改めて感動させられた。
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