生徒を丸ごと
認めて伸ばす
親鸞聖人の教えを教育の場に受け継ぎ130余年の歴史を刻んできた大谷中学校・高等学校。その意味をあらためて見つめ直す機会は多い。百も承知とおごることなく、幾度もの数え切れない確認を経て、理念教育の伝統を今日に受け継いできたからだ。
今年4月、真城義麿校長は基本的な教育方針を端的に、そして分かりやすいメッセージとして教職員に発信した。「認めて伸ばす」がそれである。
現代は教育界だけでなく、社会全体で「あなたのことを認めています」というメッセージを伝え合えていないと感じることが多い。そのために耳を疑い、目を覆いたくなるようなトラブルが社会現象化している。人間だれしも欠点をもって生きている以上、そこだけを見て人間全体を評価されることに不当感を抱く。
欠点も魅力もすべてを認めて受け入れてくれる人の存在が、人間には必要なのである。まして子どもならなおさらのこと。認め受け入れてくれる存在に安心し、信頼する気持ちが芽生えて、初めて自らの欠点を省みることができるからである。
そして、そのようにして気付いた点を克服していこうとする姿勢も、人間には本来備わっていて、その姿勢を引き出すための働きかけが教育である。そんな想いが込められた、深くて短いメッセージが「認めて伸ばす」なのである。
認め合う関係は生徒と教職員との間に限らず、生徒友人同士や親子間などあらゆる関係で育まれるべきもの。真城校長はそうした関係性の構築が、社会を変えていく小さいながらも確かな力をもった方法であることをあらためて示したのである。
では、「認めてくれて安心したよ」という生徒の側からのメッセージはどのようにして教員や親に伝えられるのだろう。それをキャッチするには少々感覚を研ぎ澄まさなければならない。
数学担当で入試広報部長を務める梅垣道行教諭は、生徒からのメッセージは例えば提出物にも表れるという。「二次関数の宿題を出します。生徒からプリントを回収したとき、たとえ間違いが多くても、そこに試行錯誤の跡が見えたとき、その生徒は二次関数を飲み込めていないことを認め、克服しようとしていることがありありと伝わってきます」と話す。解けないけれど、解けるようになりたいというありのままの自分を、提出物を通して伝えているのだという。
その時点では飲み込めていなくても、「天命に安んじて人事を尽くす」土壌を獲得した生徒なら、二次関数を解けるようになることは時間の問題のようだ。
生徒の発達段階に応じた
分かる授業の要素とは
今春から中学校では「バタビアコース・マスターJr」(1クラス)と「同コアJr」(2クラス)が新たなスタートを切った。マスターJrは国公立大学への進学を、コアJrは難関私大への進学(国公立も5%〜10%の生徒が進学)を目指すクラスである。
いずれも大谷独自のバタビアシステムによる授業形態をとっている点は以前と変わっていない。バタビアシステムとは、国数英の3教科において、教科担当が授業を行っている間、クラス担任が生徒の視点に立って授業を一緒に受けるというもの(中1・2時の根蔕期のみ)。それにより、専門の教科担当が見落としがちな生徒のつまずきを生徒の側に立って見つけることができる。また、部活や家庭環境など生徒の個人的事情を知る担任が授業に参加すれば、さまざまな事情を抱えた生徒が授業に集中できているかどうか把握しやすいという利点もある。
中学生という発達段階では、さまざまな精神的コンディションが学習に影響を及ぼすため、単に教え方が巧みな教員を充てたというだけでは、分かる授業の要素としては不十分。悩んだり、疲れたりしているとき、そっとサポートできるもう一人の目を教室に置きたい。そんな考えから生まれた授業形態がバタビアシステムで、ここにも安心して学習に打ち込める仕組みが息づいている。
また、中学校では今春から「朝学習」の実践が始まっている。週5日ある朝学習の時間には、好きな本を読んだり、学習の計画表づくりを行ったりするが、マスターJrでは、これらに加え確認テストも行われる。1限目開始前の15分を活用することで、落ち着いた気持ちで授業に臨めるという効果がでているようだ。
ほかにクラスの特色として、マスターJrでは火、金曜日に7限目の授業が行われる。これは中学2年生までの「根蔕期(土台づくり)」に、国数英の単位数を増やし基礎学力の徹底を図かるためである。
また、コアJrでは火、金曜の授業終了後に学習の到達度が十分でない生徒に対し「担任指導」が行われている。苦手教科、苦手単元をそのままにしないこの指導は、大谷で受け継がれた名物ともいえる課外授業である。
一題一題を丁寧に
「できる」を実感し確信するまで
取材当日は1学期末の試験が終わった翌日。コアJrのクラスでは数学の試験問題をふり返る授業が行われていた。担当の嶋村慎一教諭が黒板に一題の文字式を書くと、生徒はそれをノートに書き写し問題を解いていく。
その間、教諭は生徒一人ひとりのノートを見回り、必要な生徒にはアドヴァイスを加えている。一巡して、手こずる生徒のところへはもう一度行く。全員が納得するまで一題に時間をかけ丁寧な解説がくり返されていた。
「括弧の前にマイナスがあるときは、どうするの」と教諭が問いかける。「マイナス1をかける!」と即座に反応する生徒もいれば、まだノートに視線を落したまま考えこんでいる生徒もいる。それを前の席の生徒がふり返って「マイナスとマイナスをかけるから、ここプラスやん」と教える光景も。
教室には活気があふれているが、問題を解くという目的以外に私語はない。頃あいを見計らって、類題が刷られたプリントが配られ、生徒たちが再び解き始めた。再度、教諭が教室内を巡回しながら、途中、間違いやすい式の書き方を見つけ黒板で説明する。一人ひとりの到達度を教諭が細やかに把握している印象を受けた。
最後に「今、分かりかけている人は、もう一度、家に帰って復習してください。後日テストをします」と教諭が告げ、授業は終った。「復習は今日でないとダメなんですね」と教諭に聞くと「授業ではなんとなくできたという問題も、家で復習することによって、できるという実感を持ってほしいんです。そのためには今日やった方がいいんです。そして、この後テストを受けたとき、できるという実感が確信になることが大切なんです」と。
また、中学生に数学を教える上で大切にしている点について聞くと、「普段意識することはないと思いますが、数学の素養というものは人間なら誰にでも備わっているものです。人間が考えたことを論理だって数式を通して表現していく学問が数学ですから、いわば人間が持っている本来の能力を活かす学問だと生徒には話しています」と。数学に苦手意識を持つ者にはちょっと希望の持てる話であった。 |
見いだす、決める、照準を合わせる
目指す進路を徹底サポート
6ヵ年一貫で高校に進学すると「バタビアコース・マスタークラス」または「同コアクラス」に籍を置く。高校から「インテグラルコース」に入学した生徒は、四年制私大などへの進学を目指す。
いずれのコースでも高1から「EDU(エデュ)」と呼ばれる進路選択のための授業が週1時間組まれている。昨年は平和、福祉、環境、科学技術の各分野からジャーナリストや大学教授を招き講演会を開催するとともに、新聞記事から社会の動きをとらえ、自己の関心の方向性を探る授業を行った。
高2では自己の適性を見いだし、企業の研究者、エンジニア、また学者による授業をゼミ形式で受けるなど、職業観育成のためのプログラムを充実させている。
高3になると具体的な進路もほぼ決まり、受験へのモチベーションを高めるため志望大学を訪れることも奨励されている。
国公立大を受験する生徒には、今年度から「国公立二次試験対策指導(英数国)」のシステムが整えられている。国公立二次では学部ごとに緻密な受験対策が求められるが、これに配慮しシステム化を実現できる学校が進学校といわれるのだろう。数学に関しては2年前から試験的に二次対策指導が行われている。その実践例を具体的に見てみることにする。
まず、センター試験終了後、指導を受けたいと申し出のあった生徒と担当教諭間でミーティングが行われる。内容は、@センター試験の得点を換算し目標を設定するA目標達成のためにはどんな対策が必要か話し合い、計画表を作成するB計画表に従って過去問を解いていくC担当教諭が傾向を絞り込み作成した予想問題による模試を受ける、という手順だ。
センター試験直後から2月20日ごろまで、ミーティングも含め実に12回学校に足を運んで指導を受けた生徒は、神戸大学経済学部志望で入試直近の河合塾全統模擬の合格可能性判定が「D」だったが、対策指導で合格を果たしている。
ほかには2008年、京都工繊大工芸学部(C判定)、2010年神戸大文学部(A判定)、同年神戸大工学部(B判定)と、これまで梅垣教諭が二次対策指導を担当した生徒は全員合格している。
遅咲きの大輪
大谷らしさの象徴
今から10年前、大谷高校野球部で補欠選手だったひとりの生徒が悩んでいた。彼はバタビアコースに在籍し、野球部の練習には7限目の授業終了後しか参加できない。在籍するコースを変更して、もっと練習時間を増やせばスターティングメンバーになれるのではないか・・・彼は国公立大学に進学するという目標と野球で活躍したいという夢のはざまで葛藤し続けた。
卒業するまで、彼はついに補欠のままだった。大学は国立を受験したが失敗、失意だけが彼に残された。が、1年浪人し高知大学に合格、好きな野球に役立つとの理由でスポーツ科学を専攻した。在学中は野球を続け、四国六大学野球リーグでは投手として最多勝のタイトルも獲った。
卒業後、スポーツ科学の研究をさらに深めるため京都大学大学院に進学。クラブチームに所属し、研究室とグラウンドを往復する生活を送った。自分の中でますます面白くなる野球に専念するため、独立リーグ香川オリーブガイナーズで投げること2年。その時の活躍がプロへの道筋となり、昨年、ドラフト5位で指名を受けた。その人こそ横浜ベイスターズの福田岳洋投手である。
梅垣教諭は言う。「彼が高校時代、苦労せず、すべての目標を達成し、満たされた3年間であったなら、今日の彼の成功はなかったんじゃないかと思う」と。また、「人にはその時だけを見ると、不遇だったり惨めに思えたりする時期がある。物事も一点だけを見ているとマイナスばかりが目につき、批判の対象にしたくなったりすることがある。だが、その時だけで人生を判断せず、マイナス面だけで事の全体を判断しないことが大切では」とも。
遠回りをした福田選手が、その過程で多くのものを得ることができたのは、マイナス面を受け止め、認め、克服できるよう努力を続けたからに他ならない。大谷の「認めて伸ばす」教育の原点が輝く一つのエピソードである。
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