基調講演のテーマは「学力低下と対策」。講師の京都大学経済研究所教授である西村和雄氏は、数十年に渡る多くのデータや現状の教育界の状況を基に、現代教育に警鐘を鳴らし続けている有識者の一人である。
先年より始まった新教育改革の中には、相対評価に代わり絶対評価の導入が行われているが、西村氏はこの評価方法を「教師に好かれれば高得点を得られるという可能性を含んだ評価方法」と一喝。推薦入試やAO入試とともに、学生の学力低下を推進するシステムとして批判している。
また、ゆとり教育の導入とともに教科書が改訂され、諸外国に比べて半分以下の内容しか持たなくなってしまったことも、学力低下の一因とする。東京大学を含む日本の最高峰と言われる各大学でも、学力低下が顕著に現れており、現代の受験制度そのものにも問題があることを指摘した。
この学力低下を認識した政府がその解決策としてほかに責任を転嫁したり、スーパーサイエンススクールをつくることでお茶を濁しているが、それでは根本的な解決にはならないと西村氏は話す。
「ある教育論者は『ゆとり教育に反対する人間は一部の教育者であり、自分たちの利益のために反対意見を唱えているだけ。現場の教育者は学力低下をさほど感じていない』という持論を展開されています。しかし、現場教育者は公立学校の教員だけではありません。本日、この塾の日に集われている塾の諸先生方も同じ教育の現場に携わっておられる方々です。皆様の現場では生徒の学力は低下していませんか」と会場に問いかけると、多くの参加者がその問いに頷き、確かに学力が低下していると同意する。これを解決するためにも、塾業界が力を合わせ、教育を変えていく必要があることを参加者全員が確信した。
< 質疑応答
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ーー学力低下には様々な影響がありますが、何が最も大きな変化でしょうか。
西村 最も大きなことは、教科書内容削減により、基礎知識も削減されてしまったことです。学習していない部分が増えれば、各教科の間で関連づけした知識が育ちません。つまり、実社会で理解できないことがそれだけ増えるのです。これは諸外国と比べても顕著で、日本人のレベル低下はすでに多くの国から指摘されています。なかにはあまりのレベルの低さに日本人留学生の受け入れを拒否する海外の学校もあり、今後の国際化を目指す教育にとっても大きなマイナスの変化になっていると言えるほど、深刻な問題です。
ーー学力低下を防ぐにはやはり知識を多く与え、覚えさせることが大事だとお考えですか。
西村 学力というのは、教育者によってとらえ方が違います。しかし、私としては、知識は進学にとって大切なものであるが、学力というのはその知識を基礎に様々な物事を想像し、新しいことを発想していく能力を含んでいると考えています。そのためにも範囲を広く、深く学び、勉強に集中力を持たせていくことが、学力の向上につながります。また、この集中力をつけるために、生徒一人ひとりに自らの夢を持たせ、それに向かって自信をもって取り組むような指導も必要になるでしょう。
ーーゆとり教育以外の現代教育の問題点は何でしょう。
西村 まず、社会情勢が不安定であり、教員が漠然とした夢や希望しか生徒に伝えられないこと、そして絶対評価という、生徒側からすればフェアとは思えない評価制度が導入されていることでしょう。昔から日本の大学では、勉強ができても評価されず、教授の気に入る論文を書いたり、学習内容であれば高得点を得られるという人間として許されないことが、まま行われてきています。絶対評価は教員の主観での評価となるため、この嘆かわしい大学での出来事が、中学生や小学生の時代から行われてしまう危険性を含んでいるのです。公的教育界でも、この評価導入に反対意見を持っている人間は多いのですが、日本の組織制度ではなかなかその意見を表に出すことができにくいのが現状ですね。そのために民間教育に大きな期待がかけられているわけです。
ーー学力低下の一端を担っていると言われている登校拒否児童についてはいかが思われますか。
西村 学校に行くことはよいことですが、どうしても行かなければいけない、という考え方には賛同しかねます。外国では家族のイベントを優先し、そのためには学校を休んでもいいという考えが常識なのに、日本で同じことを行うと非常識と言われるでしょう。しかし、学校へ必ず行く、というルールには何ら根拠はないのです。そのルールから解放し、行きたくなければしばらくは行かなくていい、と思えるようになれば、不登校児という存在自体がなくなりますね。
また、基本的に子どもによって成長の度合いが異なるのに、小学校や中学校の受験で早すぎる評価を与えられてしまうことも、不登校児を作っている原因だと思います。生徒によっては小学1年生から実力を発揮するものもいれば、高校になってはじめて能力が開花するものもいる。教える側が個人差を認識し、同等の評価を行うことが大切ではないでしょうか。
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