中高大で連携するSSH2期10年間で育んできた成果
スーパーサイエンスハイスクール(SSH)の3期目の指定を受けた玉川学園の新たな5年間の挑戦が始まった。これまでの2期10年間を今井航SSH主任は振り返る。「学園全体でSSH活動を良いものにしよう、と教員も生徒も同じスタンスで一緒に取り組んできました」。
広大なキャンパスに中学部・高等部・大学・大学院・研究所を備える総合学園。ワンキャンパスだからこそ可能な、密接な中高大連携の教育を実践している。SSHの「課題研究」のひとつ「サンゴ研究」では、中学生・高校生が共同で研究を行い、その歴史は9年にわたる。高校の自由選択授業「SSHリサーチ脳科学」は玉川大学脳科学研究所と連携し、大学教員の授業を受けられる。
国語科と理科による「理系現代文」(高3)では教科を横断して批判的思考力・創造力を鍛えてきた。ロボカップジュニアジャパンオープン2年連続出場の「ロボットクラブ」、化学クラブ研究発表会で2年連続入賞の「サイエンスクラブ」などSSH活動は、課外・学外へも発展、拡大し続けている。今までも「必要なデータが揃わない、グラフの見せ方が効果的ではない」また「結論まで導ききれない」などの課題が見つかるたびに、数学の授業に取り入れた統計学「データサイエンス」(中2)や、論文作成のスキルを学ぶ授業「学びの技」(中3)など、新たな取り組みが生まれてきた。「しっかりとした実験デザインを組み立てられる生徒、論証に耐え得るスキルを身に付けた生徒を育成するのが3期目の挑戦です」と語るのは伊部敏之中学部長。そこに第3期の原動力となっている、大きな課題意識がある。
「アウトカムシート」で自らの問題意識を見つめる
(左から)伊部敏之中学部長・長谷部啓高等部長・今井航SSH主任
同学園の教育信条「自学自律」を体現するのが、創立以来89年間続いてきた「自由研究」だ。中学部・高等部それぞれで生徒は個人研究を行い、発表し論文にまとめる。長谷部啓高等部長は、学園全体で立ち向かう「大きな課題」をこう語る。「本当の主体性とは何か。教員が提示するものに懸命に応えることではなく、自らの研究課題そのものを生み出す創造力・開発力、つまりイノベーションではないでしょうか。あふれる情報からいかに問題意識を持つか、課題を見つけ出す力を持たせたい」。その克服がSSH第3期のテーマとなった。
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「研究活動には創造力や批判的思考力とともに、土台として『主体性の力』が必要である」という仮説を元に「主体性ペンタゴン」を設定。「触れる・リサーチ・発表・学び合い・活動」の主体性を育む5つの活動の中心に「言語化する」活動を置き、次のステップの前に「アウトカムシート」でのリフレクションを徹底する。玉川大学工学部の根上明教授監修のもと作られた「アウトカムシート」は「ありたい自分の姿(長期目標)」を最上段に据え、自分の強みや弱み、短期目標、成果のつくり方、評価方法、目標達成に必要なもの、妨げるもの、想定される変化、実践すべきこと、などを生徒自身が書き込んでいく。自由研究の担当教員がシートを元に面談し、研究の方向性・土台となる生徒自身の「信念・価値観」に気付かせる試みだ。今井先生は、多くの生徒たちが「研究テーマ設定」に苦しむ姿を目の当たりにしてきた。
「研究指導の前に、生徒が『主体となる自分』を見つける支援が必要だと感じました。教え込むのではなく『君はどう思ったの? どうしたいの?』と引き出す。親や教員また自分自身が思いこんでいる、バイアスがかかった自分像を取っ払った『自分』を見つけさせてあげたい」。
SSH活動を人生のキャリアのスタートに
89年の歴史のなかで、幾多の卒業生が「自由研究」が自分のキャリアのスタートになったと語る。自動車が好きで小中高と研究し続けて工学部に進み、自動車の設計を手掛けたOB、SSH活動で研究熱に火が付き、パスツール研究所(フランスの生物学・医学機関)の研究員になったOG。「自分が探究したいことを見つけ、それを実現させるスキルを自分のものにする、生きる力そのものを生徒たちは獲得していきます」と今井先生。「アウトカムシート」もキャリア開拓に繋がることを期待している。玉川学園SSHの目指す未来には「社会との共創」がある。
このゴールを設定した背景には、教科書に載っている実験の答えを出すため、受験のために実験する生徒が少なからずいる、と今井先生。
「この実験が、社会や自分そして周りの人たちをハッピーにする、と考える橋を架けたいんです。SSH活動を通して大学の学部選びから、その先の人生まで掴んでほしい」。
企業の若手研究者の講演をランチタイム(昼休み)に聴くことができる「サイエンスキャリア講座」では、企業訪問・工場見学などを通じて、研究者が社会でキャリアを築くことの意味を見出していくという。長谷部先生は「社会との共創」を実現するには「知性と感性の競争」があると語る。「豊かな感性を表現するためには知識が必要。競争の末に出来上がった『作品』が、自分だけに価値あるもので終わるか、社会と共創できるものになるか」。自分のやりたいことをしっかり持っている子に育てる――89年間「自由研究」を通して玉川学園が取り組んできた命題だ。
シンプルながら最も難しい課題を設定した教員たちの答えを導き出す研究がいま始まる。
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