掲載:塾ジャーナル2021年5月号

『覚える古文単語の本』
――生徒はこう受けとめる

授業作りへのアプローチ

仲国語ゼミ 塾長 仲 光雄

今月は「覚える古文単語の本」がテーマである。国語専門でない先生方にはなじみがないだろうが、高校の国語の参考書ではベストセラーである。大学入試の古文の問題に対応するため、よく出る300~400くらいの古語を取り上げ、覚えやすいように編集したものである。
学校で一括購入する場合が多い。そして、古典の授業ごとに範囲を決めて小テストをしたり、あるいは定期テストの試験範囲に加えたりといった使い方がなされる。


生徒は、一対一対応の丸覚え

ここからは『覚える古文単語の本』を「単語帳」と呼ぶことにする。多くの「単語帳」は、〈覚えるべき訳語〉〈例文〉〈語義や関連事項の説明〉からなり、その古語がどのような場面で、どのようなニュアンスで使われているのかが理解できるように編集されている。
ただ、覚えさせられる生徒たちは、〈覚えるべき訳語〉しか見ていない。たとえば、
〇ながむ⇒ぼんやりと物思いにふける〇あさまし⇒驚きあきれる
のように、一対一対応、条件反射的に丸覚えするのである。

「ながむ」には、現代語と同じ「遠くを見渡す」のほか、「詩歌を口ずさむ」の意味もある。「あさまし」では、基本義から派生した「驚くほどすばらしい・あまりにひどい・非常に」など多様な訳語が考えられる。そのページのどこかに書いてあるはずだが、テストのために覚えることに専念している生徒はそんなのは眼中にない。
「単語帳」の方も、その古語に多くの意味があっても、〈覚えるべき訳語〉はできるだけ少なく絞って示すという編集になっているものが多い。私もその種の本を何冊か書いたが、おおむね〈覚えるべき訳語〉については、数を絞ったものの方が生徒受けがよいと聞いている。

覚えた訳語を使って答える問題

上段の「問題Ⅰ」は、今年の大阪大学の問題を抜粋したものである。順に、
a=「むつかし」は「うっとうしい・不快だ・憂鬱だ」等多様な訳語が「単語帳」に載っているが、どれでも正解だろう。
b=「そぞろなり」には「とりとめもない・なんということもない」が単語帳に載っていて、それを名詞形にすればよい。
c=「あいなし」は「気にいらない・つまらない」の訳語が定番の、一対一対応の単語である。

このように、すべて〈覚えるべき訳語〉をもとに答が出せる。受験生の言葉を借りれば「古文の内容がわからなくても、単語帳の意味を覚えておきさえすれば答が書ける易しい」設問なのである。
もちろん、大阪大学の問題は、こんな設問ばかりではない。内容を踏まえた心情説明や、和歌の現代語訳もあり難しいのだが、このような単語の基本的な訳語を書かせるものも出題し、「基礎学力」を測っているのだろう。

「共通テスト・古文」に難問?

次の「問題Ⅱ」は今年の共通テストの問題である。正解は④であるが、次の3つがポイントとなる。
㈠「え~ず」…「~できない」の意。
㈡「やら」…動詞に付き「~しきる・  ~しつくす」の意。
㈢「まねび」…動詞「まねぶ」の連用形。「まねぶ」は「真似する・似せる」がもともとの意味だが、「学ぶ・習う」「見たり聞いたりしたことをそのまま人に伝える」の意味もある。三種の「単語帳」の該当箇所を紹介する。
A本
①まねる・真似して言う
②(見聞きしたことを)そのまま伝える
③習う
B本(関連語として)
①まねる。
②(事実のまま)伝える。
C本(項目として上げていない)

受験生の声は、「『まねぶ』は、僕の持っている単語帳に載っていない。こんなの出すのは不公平」「いいや、私の本には載っていたからラッキー」「僕の本は、見出し語の330ではなく、参考の所にちょっと載っていたから微妙かな」といったものであった。
出題者は、「語義を覚えていればよし、そうでなければ文脈の流れから考えよ」と言うだろう。ここは、貴族が亡くなり、親族が亡骸を寺に移す葬送の行列を描写したもので、その悲しみは筆舌に尽しがたいのである。あるいは、直前の「いへばおろかにて」が「言い尽くせないほどで」の意味なので、そこから類推もできよう。
選択肢の問題なので、消去法という手も使えそうだ。

「すずろはし」なんか載ってない

「問題Ⅲ」は、今年度の京都大学の問題である。「どのような気持ちをあらわしているか」という設問なので、「〇〇な気持ち」とおさえ、そこに具体的な状況・こまかな心情を加えて答とすることになる。
ただ、その「気持ち」のポイントとなる「すずろはしく」が、「単語帳」には絶対載っていないマイナーな古語なので困ってしまう。
古語辞典を見ると、
①=喜びのあまり心が浮き立つ・浮き  浮きする
②=嫌な気持ちや不安などにかられ落  ち着かない・心穏やかでない
の意味があるが、文脈をもとに①か②かの判断をしなければならない。
奥の手は、語の初めが同じ「すずろ」である「すずろなり」という重要語をもとに推測する方法もあるが、これもかなり高級である。

【ここまでの要約】で示した、この場面・有国の言動を踏まえて、伊周の心情を整理した上で、「すずろはし」のニュアンスを何とか生かした答案が書ければ模範解答に近づくのだが、これは難問である。
今年京大を受験した一人の生徒が、《「単語帳」に載ってないこんな単語を出すのは、反則だ》とバカなことを言っていた。
受験生が目にしたこともない古語を含む箇所を平然と問い、それをどう料理するかをみようとするのが京大古文の怖さである。このレベルの問題になると、「単語帳」だけでは手に負えないのである。

「単語帳」は決して万能ではない

このように「単語帳」は万能ではない。むしろ頼りすぎるのはよくないと思う。ただ、困った傾向だが、「単語帳」の「訳の暗記」が終わったら、古文の勉強のほとんどが完了といった勘違いをしている輩が多くいる。
〈基本的な単語〉の〈中心的な意味〉を覚えるのは古文学習のほんの入り口で、そこから先が重要だ。生徒には是非そう諭したいと思う。

仲国語ゼミ  http://nakakokugozemi.com/