掲載:塾ジャーナル2021年3月号

『塾教育が創る未来への懸け橋』
塾教育が創る未来への懸け橋(第1回)

いぶき学院 学院長 鈴木 正之


日本の教育を変える

入塾時の面接で“速さ”が苦手と言う子に「速さができる人は速さの公式を覚えていないよ」と話すと、ほとんどの子が驚きます。私は公式ややり方(解法)を覚えさせる暗記型の指導ではなく、思考型の指導を徹底しています。一つひとつの問題のやり方を教えるのではなく、すべての問題を解くために共通している見方や考え方の指導をしています。それにより物事を単純に考えられるようになり、問題の解法のプロセスが身につきます。

私は40年ほど学習塾講師をしておりますが、塾講師1年目の授業は自分から見ても酷く、勤めていた塾の塾長に「鈴木先生を辞めさせてください」と直訴する塾生がいたくらいです。教員採用試験に落ちてしまった私が学習塾に就職を決めたのは、あまりにも生徒からの評判が悪かったからです。悔しいので学習塾で授業の腕を磨いてから教員採用試験を受け直そうと思ったのです。では、教員を志したのはなぜかと言うと、純粋に「教育を変えて良くしたい」と思っていたからです。ところが学習塾で働いているうちに、学習塾からでも教育を変えることは可能であると気づき、そのまま学習塾業界で40年ということになります。

宇都宮で生まれた私は子どもの頃、勉強もせず外で泥だらけになりながら遊び回っていました。野球、サッカー、そして夏は市民プールに通い、冬はアイススケート場に行ったり、友達と秘密基地をつくったり……。植物や動物等自然と接する機会も多く、時間は太陽から、方角は星から知ることもしていました。また、家具職人の家であったことで物をつくることに興味があり、それも遊びとしていました。その上で本を読み、百科事典をいつも眺めている日々を送りました。

ということで、どうしても数学や理科の話が主になってしまうことをご勘弁いただき、暫しお付き合いの程、よろしくお願い申し上げます。

公式という道具を使いこなす

実家で家具職人の叔父さんの仕事を見て過ごした小中学生時代。叔父さんは細工場で箪笥や本棚等をつくる際、多くの道具を使います。金槌、鑿(のみ)、鉋(かんな)、鋸(のこぎり)が主な道具です。たった4種類かと思われるかもしれませんが、その一つひとつにさらにたくさんの種類があり、それらは目的によって使い分けられるのです。鑿は20種類くらいあったでしょうか、それらの道具を使い木と木を隙間もなく組んでいく仕事ぶりは見事なものでした。世の中にはいろいろな道具があり便利なものですが、正しく使わないと役に立ちません。

理科や数学で使う公式も、答えを出すための言わば道具であり、正しく使わないと正解を導くことはできません。「公式」という道具を正しく使うためには、公式の目的を知り、意味を理解することが必要です。どうしてそのような公式があるのか、なぜそういう式になっているのかがわかれば、多くの問題にそれを利用することができます。目的と理由を知らずに丸暗記をしているだけだと、応用が利かない上に忘れたら解けないということになります。

道具を使うには、誰かに教えてもらうかマニュアル(=手順の指示書:目的と理由はほとんどの場合書かれていない)を見て、その通りにすればいいかもしれません。しかし、道具を使いこなすには、誰かに教えられたとしても、マニュアルを見たとしても、自分の中で何をするための道具なのか、なぜそのような構造なのか、どうしてそのような使い方をするのかを理解する必要があります。

子どもたちにやり方を教えると意味がわからなくてもできますよね。例えば、√2×√3=√6と小学3年生に教えると、平方根の意味がわからなくても「√2×√4はいくつ?」と聞くと「√8」と正解を言います。速さや割合も、意味がわからなくても公式を覚え、その通りに計算すると丸がもらえます。オームの法則も公式を覚えていれば、電圧、電流、抵抗の値を求められますが、それらの意味がわからなければオームの法則がわかったとは言えません。逆に電圧、電流、抵抗の概念がわかれば、オームの法則の公式も覚えていなくても問題を解くことができます。

公式は覚えるものではなく理解するもので、意味を考え概念を理解することで公式を覚える必要がなくなります。公式は特別なものではなく、当たり前のものであることに気づけば勉強が楽になるはずです。

「覚えればできる」と言う人がいます。「理科、社会は暗記教科だ」と言う人もいます。覚えなければならないことはありますが、決してそんなことはありません。我々は授業をするのに教科書を覚えていませんが、何も見ないで授業をすることができますよね。公式も概念がわかっていれば、覚えていなくても言うことはできます。

平均とは「足して割る」こと?

「長方形の面積は?」と聞くと、「縦かける横!」と子どもたちが言います。「どうして?」と問うと、「公式だから!」。「では、どうしてそれで面積が計算できるの?」と言うと、「わかんない!」。
平均についても「平均とは何?」と聞くと、「全部足して割ること」と求め方を言うだけで、「足して割る」ことを平均と思っている子も少なくありません。

どうして、このようなことが起きるのでしょうか? 子どもたちが、正解(結果、得点)を求めるため、面積や平均の意味をわかろうとせず、答えを出すためのやり方を教わり、それを覚えようとしていることが考えられます。それは大人がテストの結果を重視して、手っ取り早く結果を出すためにやり方を覚えさせているからではないでしょうか。家庭や学校、学習塾で理解させようとせず、やり方だけを教えていると、考えない子や教わらないとできない子が増えてしまうのではないかと私は危惧しています。

「わからなければ覚えてしまえ」

私は子ども同士で教え合うことをさせません。やり方を教わった子は正解が出るとわかった気になり、別の考え方を学ぼうとしなくなるからです。さらに、わかっていないことに気づかないまま、そのやり方を覚えようとするかもしれません。また、わかっていないことに気づいていても、覚えようとするかもしれません。

このような「わからないなら覚えてしまえ」が始まると、忘れたらできなくなりますし、少し問題が違うと解けなくなります。そこでまた「わからないなら覚えてしまえ」を繰り返すという負の連鎖が始まり、いくら勉強しても結果に結びつかない子になっていくのです。「この子は一生懸命に時間をかけて勉強をしているのですが、成績が下がる一方なんです」と、今までに何人もの保護者から相談を受けています。

学習塾は社会に対して大きな役割を担っています。我々は志望校への合格を目指して指導していますが、合格はゴールではなくスタートであり、子どもたちが合格後、一生涯成長し続けられるように導くことが我々の使命であると私は思っています。目先の結果を重視するあまり、「わからないなら覚えてしまえ」が子どもたちの将来の可能性を狭めることを避けねばならないと私は考えます。


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