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2020/1 塾ジャーナルより一部抜粋

新春スペシャル座談会
灘・東大寺学園、校長が語るその『知られざる魅力』

 

名門進学校はいかにして名門進学校になったのか

 共通一次試験の導入から40年の時を経て、大学の入試改革が行われようとしている。現在、大学を取り巻く環境は激動の時代に突入したといっても過言ではないだろう。その中でも、大学進学実績上位に君臨する名門進学校は、いかに入試制度が変わろうとも、どんなに出題の傾向が変わろうとも、動じることはない。"最強の進学校"と言われる灘中学校・高等学校、日本屈指のロケーションとともに進学実績でも不動の地位を占める東大寺学園中学校・高等学校は最たる存在だ。開校からおよそ100年、進学実績ばかりにスポットライトがあたりがちな両校の意外と知られていない学校の魅力とは何か。今回は『知られざる魅力』というテーマで語り合っていただいた。

 

■出席者

灘中学校・高等学校 校長 和田 孫博 氏

東大寺学園中学校・高等学校 校長 森  宏志 氏

司会 須原英数教室 塾長 須原 秀和 氏

須原 秀和 氏(以下、須原) 個人塾の塾長としまして、パネルディスカッションや対談をきっかけに灘中学校・高等学校(以下、灘校)の和田校長先生とは10年におよぶお付き合いをさせていただいております。また、東大寺学園中学校・高等学校(以下、東大寺学園)には息子が中学時代からお世話になっておりまして、先生方とも20年以上のお付き合いがあります。両校の『知られざる魅力』というテーマで、始めに学校の創立時のいきさつや様子についてお話いただければと思います。

戦後の学制改革期に躍進した灘校
夜間学校創設が出発点の東大寺学園

和田 孫博 氏(以下、和田) 当時の灘地方は大阪の商人宅が多く、全国の他地域より進学熱が非常に高かった。公立の中等学校だけではとても希望をかなえることができず、私立中学校をつくる必要に迫られていました。

 西宮に甲陽学院、当時は岡本にあった甲南中(現在は芦屋)などがありましたが、地元からの熱心な要望を受け、地元出身の教育者であり講道館柔道の創始者で、東京高等師範学校(現:筑波大学)などの学校長職を25年間ほど務めた嘉納治五郎氏(以下、嘉納先生)に顧問として参画を依頼。嘉納先生の親戚で酒造業を営む、嘉納治郎右衛門(菊正宗)、嘉納治兵衛(白鶴)、山邑太左衛門(櫻正宗)のバックアップも得て開校へとつながります。

 嘉納先生が柔道の精神として唱えた『精力善用』『自他共栄』を校是に、初代校長は嘉納先生が推薦した、東京高等師範学校の数物化学科を卒業後、各地で教職を歴任していた眞田範衞氏が就任。1927年(昭和2年)に設置認可を受け、その翌年に開校しました。

 初めの頃は公立学校の受け皿だったのが、戦後の学制改革を経て、中高一貫校へと歩みを進め、私学への注目度が高まる中で志願する人が増え、今があると思います。兵庫県では学制改革を機に小学区制を実施。その結果、必ずしも希望する新制高校に進めないというケースも多く、優秀な生徒の私学志向が高まったこともある意味幸いしました。

森 宏志 氏(以下、森) 1926年(大正15年)に、東大寺の境内の中に夜間の金鐘中等学校が設立されます。この2年後に奈良縫製専修学校を設立。戦前は勤労者を教育の面でフォローすることからスタートしています。それから1947年には戦後の混乱の中、落ち着いて教育が受けられる環境をとの思いから、教育熱心な親御さんたちが集まり、学校をつくることになりました。東大寺のお坊さんたちとも懇意にしていることもあり、思いついたのが東大寺の境内。夜間の学校だから、昼間は空いている。東大寺からも許可をいただき、青々中学校ができます。

 青々中学校創立時に教壇に立っておられた教員にお聞きすると、「東大寺学園、青々中学校は、戦後の社会の中で、新しい教育を切望する人たちの声で生まれた学校である」ということを強く言われます。確かに、当時の校章は三角状に生徒、教師、保護者を表わす3つの丸が重なり合いながらかたどられています。生徒・保護者・教職員が親密な関係にあるという本校の特色は、ここから始まっているようです。夜間の金鐘高校は、定時制のニーズが少なくなり1974年3月に閉校。一方、青々中学校は1963年に全日制の高校を併設し、現在の校名に改称しました。

 もともとは地域で学びたいという人の思いに応える学校としてスタートしていますから、どこどこ大学に何人合格、という意識はそれほど強くありませんでした。東大と京大がダブル受験できた1988年頃から、全国に校名が知られるようになったようですが、それでも、進学校としてさらに高みを目指すというような雰囲気はなかったです。以前と変わらず、生徒たちも教職員もマイペースでした。

両校に共通する
生徒の自主性を尊重し
個性を大切にする校風

須原 灘校には、『精力善用』『自他共栄』という、嘉納先生が述べられた校是があり、それを実践されていますが、一方東大寺学園にはそのような校是に当たるものはありません。しかし両校に共通するのは、「生徒の自主性を尊重し個性を大切にする」という校風です。世間からすれば、生徒が優秀だから生徒の自主性に任せられるのだという見方が一般的かもしれません。

和田 それはその通りで、『自由・自主・自律』が並びます。芥川龍之介著【侏儒の言葉】にあるのですが『自由は山巓(さんてん= 山頂)の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることはできない』。高いところの空気は薄いため身体の弱い人には耐えられない。自由というのもそういうところがあって、心の弱い人には耐えられない。そこで自主性を発揮するのと、これはやめておこうという自律心がないと、本当の意味での自由は謳歌できないのは間違いないです。

自由な学校文化を支える
長い年月をかけ磨かれてきた
本質的な教育

須原 私は生徒以上に先生方が自分の授業や研究に、のびのびと自由にやっておられる環境があるからこそ、生徒も自由に実力を発揮する場があり、自主的な生徒が育つのだと考えています。授業の様子や先生方の取り組み、エピソードなどをご紹介いただければと思います。

森 教員に関して言いますと、管理という形はなかなかとれませんし、管理されることを教員たちも嫌っております。その一方で、教育の中身が変わろうとしている今、教員間ではかなり手法の違いが出てきています。英語が最も顕著だと思いますが、年配の先生と若い世代の手法がかなり違ってきています。そこが、面白くもあり心配もしています。先生方は、一国一城の主というか、自分が請け負った仕事はきちんとやらなければならないという責任感が強く、それが原動力。いわば職人的な空気が残っているのが特徴だと思っています。

和田 国語の橋本武先生は、教科書はほとんど使わず、中学3年間は【銀の匙】という小説を使っていました。その中にいろいろな風物や言葉が出てくるので、それらを題材に国語の授業をパ~ッと広げていく。たとえば丑紅という言葉が出てきたら、「丑というのは干支の丑。じゃあ、12支全部知っていますか? 12支の裏に10干というのがあります。それらを組み合わせて最小公倍数の60で暦が回っています。甲と子が組み合わさった年にできたから『甲子園』と言います。60年過ぎて61年目に再び同じ干支が戻ってくるのを還暦といいます」と。

 10干12支の語句は、壬申の乱や戊辰戦争などの歴史や子午線などの地理へもつなげていきますし、ことわざが出てくると、いろはがるたを取り上げ、百人一首が出てくると、歌を全部覚え意味や言葉を学びます。冬休み明けにはかるた会を開催し、凧という単語が出てくるとみんなで凧をつくってあげてみるなど、まさにアクティブラーニングそのものでした。

 橋本先生からお聞きした話では、初代校長先生から「あなたの好きなようにやりなさい」と言われたそうです。こんなふうにやれとは絶対言わない。じゃあどうやったらいいのかと試行錯誤し、橋本先生流に行き着いたとか。その当時から、教員の自由、自主裁量は保証されていたのです。

須原 そういう中、先生同士で若い先生を育てていくことはありますか? 私学のほうが若い先生を育てようという土壌があるのかなと。

和田 本校の場合は、中学入試が近づく頃、7~8人の教師からなる新中1生を受け持つ担任団を結成し、6年間ずっとチームでやっていく。新卒ぐらいの先生もベテランの先生もその学年の中に入るので、教科は違っても教師は学年で育てられています。職員室の座席も同学年がまとまって座っていますから、普段は背を向けていても、椅子の向きを反転させると、すぐに膝をつきあわせての話し合いができる環境です。教科では生徒とぶつかり、悔しい思いもしながら、生徒たちが興味や関心を持ってくれるように準備をしていくので、自然に生徒たちに育てられています。

森 今の子どもたちは少子化の中で守られながら生活しており、勉強も塾がサポートしてくれますから、「自由ですよ」と言うと戸惑う面もあるようです。どうしたらいいかわからないという子は増えつつあり、特に中学時にはきめ細かなサポートが必要になってきています。本校も学年担任団は完全な持ち上がりではないですが、ほぼ持ち上がる形をとっています。担任団内での密な話し合いを通じて、若い先生たちは教員としての基礎的なスキルを身に付けていくように思います。教科指導面では、生徒との授業中のやりとりが一番の研修だと思いますが、大変な労力をかけて取り組む入試問題の作成も、教員個々の教科力が試される機会であり、大切な研修になっています。

子どもたちの目が輝く『土曜講座』
一体感とつながりを育む保護者交流の場

須原 両校の『知られざる魅力』の具体的な例をお願いします。

和田 『土曜講座』というものがあります。公立の学校が毎週土曜日を休みにするのにともなって、灘校でも土曜日をお休みにして、その代わり年6回1時間を90分授業として午前中2時間授業を講座の形で設けました。毎回10講座以上設けており、中学2年生から高校2年生までを対象に生徒が自由に選択して受講できるようにしています。キャリア教育、OBによる大学での最先端の研究、それぞれの職場での活躍およびそこへいくまでにどういう勉強をしてきたかなど、文系から理系、趣味の分野など様々な講座があり、話が面白いから生徒たちの目が輝きます。探究学習のいいモデルです。受講した生徒は最低1年に1本、レポートを提出。素晴らしい論文ができており興味や気づきの手がかりになっていると感じます。

須原 息子が東大寺学園で学び、高3生時にPTA役員(高3学年委員長)をお引き受けしたときの経験から、私の知る限り東大寺学園ほど保護者を大切にされている学校はほかにないと思っております。1260年の奈良東大寺の歴史に支えられた保護者向けの様々な活動は、学校と保護者の一体感を育んでいます。

森 学校行事への協力をお願いすることもありますが、本校のPTA活動はあくまで保護者が主体となって、遠足・講演会などのイベントを企画・実施し、茶道やコーラスの同好会活動もされておられます。また、その中には、父親を中心に集まる会もあります。これは人気の催しで、場所が東大寺本坊の大広間を使うため、参加人数を制限せざるを得ませんが、抽選により毎年約200名が参加しています。テーマや講演もなく、ひたすらお酒を飲む(笑)、たいへん楽しい交流会です。

 さらに、本校では「東菁会」という卒業生の保護者の同窓会組織があります。1992年に発足して、年1回の総会を催すとともに、陶芸、水墨画、書道、俳句、川柳、謡と笛、コーラスの7つの同好会が学校や東大寺の施設を利用して活動を続けています。

 現代の社会では、利益集団としてのつながりはあっても、それを離れた人間関係のつながりは希薄になってきています。そのような中で、たくさんの方々の群れ集う場として本校が役立っていることに、嬉しさを感じています。

偏差値や進学実績にとらわれない
教育を続けられるということ

須原 灘校は東大受験生が多いこと、東大寺学園は医学部進学者が多いことについて、何か特徴的なことをお話いただければと思います。

和田 生徒たちは意外と大学というものを見極めています。自分のしたいことを持っている子ほど大学の名前にこだわらず、自分の思いを生かせる進学先を選んでいます。海外の大学へ羽ばたいていく傾向も増加。IT系の能力にすぐれている子は、やればやるほど必要な勉強が増えてくるため、一般の大学受験勉強をしたくない。推薦で入れる筑波大学、慶応大学を選ぶなど、インターネットによる情報収集も活発化していることもあり、今後ますます進路は多様化していくでしょう。

森 本校でも海外の大学へ行きたいと表明している生徒が数名います。また、高校2年生の希望者が、夏休みを利用してオックスフォード大学を中心に英国へ短期留学しています。今年は約60名が参加しました。1学年が約220名弱ですから、関心の高さがうかがえます。医学部進学については、本校では、ブームがやや沈静化しています。例年、理系進学志望者は学年で160~170名。そのうち60名くらいが国公立の医学部を志望しています。

須原 私が考える魅力のある学校の特徴を2つほど話をさせていただきます。1つには紀要を発行している学校です。先生方は自分の研究を紀要で発表し、生徒はそのような先生方の背中を見て成長し勉強に励みます。先生が勉強しなければ生徒が勉強するとは思えません。もう1つは国語に優秀な指導者がいる学校です。大学実績を出している多くの高校を見ますと現代国語に力を入れているか、優秀な指導者がおられます。5科目の要は国語です。灘校には橋本武先生という有名な先生がおられましたし、東大寺学園には松本浩典先生のような素晴らしい先生がいらっしゃいます。優秀な指導者は、『学校の宝物』です。最後に、先生方から塾へのアドバイスをお願いします。

和田 入試のための勉強ではなく、学問や勉強をする動機の一つに『感染動機』ということがよく言われます。偉人、宇宙飛行士、野球選手など、人に感染する。〝ああいうふうになりたい、あんなふうになるには今からどういう勉強をしたらいいのか?というモチベーションにつながります。なかでも「あんな先輩になりたいな」が一番の財産。先輩とのつながりが育まれる塾がいいですね。この子のここを伸ばしたいが、何が足りないのか、どういうことが取り残されているのかを具体的にアドバイスしてくれる塾の先生の存在は大きいです。

森 『みかづき』という小説があります。小さな個人塾という舟で、教育界という大海に漕ぎ出す話です。その中で、学校の授業についていけない生徒が、学ぶことで理解する喜びを知り、その先の学ぶ力が大きく変わっていく場面があります。塾の原点は、一人ひとりに内在する資質や能力を伸ばし、もっと学びたいという欲求を引き出していくことだと思います。子どもたちとしっかり向き合い、学ぶ喜び、導く喜びを大切に続けていただきたいと思います。

座談会を終えて (須原 秀和)

 知識や経験の量はもちろん違うのですが、高校生にもなると、先生と生徒はある意味ライバルでもあります。数学では、生徒は普通の解き方では満足せず、「美しい解き方」を求めます。その時教師は、背筋がゾクッとする思いなのですが、次にはその生徒を納得させられるように教師も勉強をします。生徒は先生の背中を見て育ち、先生は生徒に育てられるのです。

 両校の先生方のお話をお伺いしていますと、普段から「教育の本質」を求めた授業・指導・先生と生徒の関係・学校と保護者の関係が存在しているように思えます。ですから、社会がどのように変化しようとも、動じることはないのです。むしろ入試制度の方が、両校の教育指導理念に追いついて来た思いすらします。

 目的ではなく結果的に進学校になり、志の高い優秀な子が集まる学校に成るべくして成った所以がここにあり、これこそが両校の『知られざる魅力』だと考えます。2時間を超えて、貴重なお話を耳にすることができ、有意義で幸せなひとときでした。本日はどうもありがとうございました。

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