三年前にこの欄を執筆し始めたとき、私はコラムの題名を『永遠に未完の塾学』と名付けた。塾講師になって四十有余年、新しい手法を見つけて「これでいける!」と喜んでも、必ずすぐまた壁にぶつかる。人を教える仕事に完成はないと、ずっと痛感してきたからだ。
今回の新発見も、ぬか喜びに終わるかもしれない。
しかし、終了したばかりの定期テストの結果を塾生に報告してもらっているが、今回、ほとんどの塾生が信じられないくらいの成績アップだ。今度だけは偉大な発見をしたのかもしれない。
勉強しても勉強しても
成績が上がらない架純ちゃん
中二のクラスに、有村架純ちゃん(自称)という超真面目な塾生がいる。
定期テスト一週間前には既に、学校で与えられた問題集やプリントはすべて済ませている。学校から帰ると毎日すぐに塾に自習にやってきて、テスト範囲の問題を何度も何度も解いている。学年トップに輝いてもおかしくない勉強量だ。
ところが、テストが帰ってくるたびに、彼女の顔は曇っていく。自分では自信があったはずなのに、戻ってくるテストは良くて七十点台。点数を報告しにくる彼女の顔は、テストが回を追うごとに引き攣っていく。私たちも、なぜだろう?なにがあかんのやろ?と、首を傾げることが続いていた。
足を引っ張っていた勉強法
サボりがちの子であればまだしも、一生懸命頑張っている子の成績が伸びないとあれば、塾の沽券にも関わる。私たちは原因の解明に本腰を入れることになった。
一つ、私が思い出した出来事があった。
授業中、各自で問題を解いて答え合わせをしていたときのことだ。彼女のやり方を眺めていると、解答を横において、まったく解かないで、すべての答えを赤ペンで書き写している。私は、解かないで答えを丸写しするのはよくないよ、と注意した。
すると、彼女は、「こうして全問題の答えを先に赤で記入しておいて、赤シートで隠して何度も見直して覚えるんです。」と言う。
私はそのときは、それもありかなと思った。
私自身はあまり好きではないが、中学生は赤チェックシートを使った勉強法を好む。うちでは毎年夏休み前に、中三生に育伸社の『POCKET・アイ・ワーク』を理科・社会の暗記用教材としてプレゼントしている。ポケット・アイ・ワークには二種類あって、一つは説明が詳しいカラー版、もう一つは赤チェックシートがついたアイ・ワークnoteだ。子どもたちに選ばせると、毎年、赤チェックシート付きのほうを選ぶ人が圧倒的に多い。
しかし、有村さんのように、最初から最後まで、全教科すべてを赤シート一本槍の暗記で勉強する人は珍しい。私はその勉強法こそが、彼女の足を引っ張っているのではないかと思い当たった。
成績が伸びない人の共通点
戻ってきた彼女の答案用紙を見せてもらうと、彼女が点を落としているところは、問題をちゃんと読んでいないことが原因であることが圧倒的に多い。普段の授業でも、問いの文をまるで読めていない。
彼女の場合、難関校に在籍する兄がいて何かと比較されているようだ。それが焦りにつながり、いわゆる「足が地に着いた」勉強ができていない印象は前からあった。
暗記するのが勉強ではない
一年間は、せっかく彼女が編み出した独自の勉強法を尊重して、口を出すことを控えてきたが、いよいよ私の出番かもしれない。
テスト後、沈んでいる彼女に、私のほうから声をかけた。
私 「有村さん、赤シートの勉強法、いいんだけど、ちょっとやり方を替えてみようか。」
有 「赤チェックシート、よくないですか?」
私 「悪くはないんだけど、あなたの場合、覚える、暗記することが勉強だと、思い過ぎているような気がする。」
有 「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
私 「覚えるのではなくて、なぜそうなるのかを理解するのが勉強なんだよね。テキストをしっかり読んで、常に『理解する』ことを優先する勉強法に替えてみたら?」
それを聞いた彼女はポツリと一言、
「もっと早く言ってほしかった…。」
さらに真摯な問いかけが
二年生になって、彼女の勉強法は少しずつ変わってきた。赤シートは姿を消した。しかし、顔色は冴えない。
ある日、机間巡視をしていた私に彼女が、
「先生、赤シートがだめなら、どんな勉強の仕方ならいいんですか?」
おおっと、そりゃそうだ、中学生に自分で考えろというほうが無理だわな。でも、私自身もちゃんとした具体策があったわけではない。
そこで思いつきで口をついて出てきたのが、
「『答え』を覚えようとするからよくないんだよ。『問い』のほうを覚えようとしてごらん。そうすると必然的に、問題を『理解』しようとするようになるでしょう?」
ついに偉大な真理を発見!
言った当座は、「また口から出まかせ、いい加減なことを言って…」と冷や汗ものだったのだが、日がたつにつれてこれってすごい発見ではないかと思うようになった。
赤チェックシートがよくないのは、赤字で書いた答えを見えなくするだけではなく、黒字の問いの文も赤シートが邪魔をして見えにくくなって、問題文を読む機会がほとんど失われてしまうからだ。赤チェックシートを捨てて「答え」ではなくて「問い」のほうを覚えようとしたら、必然的に問いの文を何度も丁寧に読むようになる。
すると、問題読解力が自然に身についてくるし、何より出題者の意図や問題の狙いまで意識しないでも読み取れるようになっていく。
さらに、「問い」を覚えたら、「答え」のほうも絶対に頭に入っているはずだ。問いだけ覚えて答えは頭に入っていないことなどありえない。
『「答え」を覚えようとしないで「問い」を覚えよう。』
今回のテスト前はこの言葉を全塾生に向かって言い続けた。
すると・・・。
奇跡的な成績アップ!
まず、有村さんは前回より百点以上伸びて、五教科の合計点が四百五十点を超えた。
また、ある中学校在籍の塾生の平均点は四百七十点に達することが判明した。
私の塾では、頑張った生徒を励ますとともに、最近本を読まない子が増えているから読書を奨励したいので、四百八十点を超えた人や、前回テストより五十点以上点数がアップした人には図書カードを進呈するようにしているが、今期は図書カード代金だけで大赤字になりそうだ。
『「答え」を覚えようとするな、「問い」を覚えろ。』
今までにこの言葉を発した人って、他にいるのかな?
実用新案登録、意匠登録、特許の申請をしたら通るだろうか?
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