FC契約による制約の中
さまざまな工夫を凝らす
学生時代から塾講師をしていた伊東寛光さん。「25歳までに合格する」と決めていた司法試験は不合格に終わったが、塾の仕事は続けていた。失意の中、次の目標を見出せずにいたある日、異業種からFCで塾業界に参入したという会社の社長に出会い、27歳で教室長を任された。それまでは講師として塾にかかわってきた伊東さんだが、マーケティングやマネジメントなど、経営について学ぶと才能を遺憾なく発揮。就任初年度で約120人の生徒を集めた。
「この辺りは塾の激戦区。大手だけでなく、地域に根ざした有力な塾も多かった。だから、ただ本部の指示に従っているだけでは生徒が集まらない。決められたルールの中で、最大限の工夫をしました」
FC契約に基づく制約は多い。しかし、生徒や保護者がくつろげる雰囲気の教室を作ろうと、レイアウトを工夫したり、インテリアに気を配っている。また、チラシの配布時期も本部の推奨日程をうのみにはしない。例えば、学期末の通知表を受け取った翌日のように、生徒や保護者が「勉強しなければ!」と思いやすい時期を狙ってポスティングするなど、工夫して生徒募集を行っている。
現在、伊東さんは「人を育てる株式会社」を設立して、代表取締役を務めている。前職の会社から金剛東校と堺西鳳北町校の2校を買い取って独立したのだ。生徒数は2校合わせて約150人。両校とも若手の社員に任せているが、塾運営の経験はなく、堺西鳳北町校では生徒数に苦しむ時期もあったが、手取り足取り教えることはなかったという。
「ITTOはテレビCMなど、マスメディアを使った広告をほとんどやっていないため、知名度が低く、塾名だけでは生徒を集められません。だから、教室長をブランディングして、地域に浸透させる方法を取っています。教室長の個性を前面に押し出すために、できるだけ口を出さないようにしています」
1から10まで教えるよりも、試行錯誤を繰り返すことによって人は育つ。この数年、堺西鳳北町校では少しずつ生徒が増え、地域から支持される塾に成長しつつある。
●運営の方針
FC契約による制約の範囲内で運営面を工夫。権限委譲で教室長の個性を最大限に引き出し、他塾と差別化する
生徒の居場所を作ることで
前向きな気持ちが芽生える
入塾を希望する生徒のレベルはさまざま。進学指導特色校(文理学科)や国公立大学を目指す生徒がいる一方、成績が伸び悩み、自分に自信を持てない生徒もいる。伊東さんはこういった生徒たちの指導も得意としている。
「生徒たち一人ひとりに目を配り、『キミのことをちゃんと見ているよ』というメッセージを伝える。すると、生徒の自己重要感が高まり、塾に自分の居場所ができます。前向きな気持ちで学習に取り組めるようになって、成績が向上、結果として、自信を持てるようになります」
また、生徒が自分で目標を決め、その目標達成を講師と約束させる。講師は土曜や日曜に補習を行うなど、必要なサポートをする。こうして講師と生徒の間に強い絆が結ばれていくのだ。
さらに、伊東さんは他塾の取り組みにヒントを得て、自習の「質」の向上を目指す「ITTO部」を始めた。ITTO部では、最初にその日の目標と計画を立ててから自主トレ(自習)に取り組む。終了後の「振り返り」も重視していて、その日の良かった点、悪かった点とその改善策などを具体的に記録する。翌日までに教室長が激励のメッセージやアドバイスを記入して返却する。この地道な取り組みが、学習意欲の向上や勉強の「やり方」の改善につながっている。
●指導のポイント
生徒の自己重要感を高めて、向上心を引き出す。勉強の「やり方」を改善させることで、努力が実を結ぶようになる
人間性を重視した人材採用
塾を任せられる人材を育て
自らの夢に挑戦
年間を通して入塾を希望する生徒は多いが、常に講師が不足しているため、塾生を増やすことができないのが、今の伊東さんの悩みだ。中には近隣の塾を紹介したり、入塾を待機してもらっている生徒もいる。しかし、だからといって、伊東さんは講師の採用基準を下げたりしない。知識だけでなく人間性も高い人材でなければ、大切な生徒を任せられないからだ。
「素直さ・謙虚さ・向上心に加え、『何のために塾で働くのか』という目的意識をはっきりと持った、責任感の強い人を求めています」
講師希望者には、まず伊東さんの考えや業務内容を書いたメールが送られる。きれいごとは一切書かれていないこのメールを読んだ段階で、約3割の希望者が脱落する。それを乗り越えて面接に参加した人とは、厳しい質問を交えながら1時間以上にわたって話し込み、適性を判断するという。
この厳しさは生徒のためであるのと同時に、伊東さん自身の夢とも関係している。実は伊東さんは政治家になる夢を抱いているのだ。
「日本の教育はもっと多様化させるべきです。例えば、正負の数でつまずいている中学3年生には中1の内容から教えるべきではないのか。事実、私たちの教室でつまずいているところまで戻って指導すれば、数ヵ月で追いつけるというケースも少なくありません。塾なら簡単にできることなのに、なぜ公教育ではできないのか。他にも問題点はたくさんありますが、今の教育を根本から変えるために政治家になりたい。将来的には政治活動に専念するために、塾を任せる人材を育てる必要があるので、人材選びは慎重に行っています」
自分の夢に向かって突き進む伊東さんの生き方が、周囲の人間を成長させる。まさに「人を育てる」企業の代表の姿である。
●講師採用のポイント
知識だけでなく人間性も高い人材だけを採用する。講師が不足しても採用基準は下げない
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