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中学・高校受験:学びネット

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2012/1 塾ジャーナルより一部抜粋

新学習指導要綱と教科書改訂に伴い 塾がなすべきこと

 

有限会社学匠 代表 国広峰人氏

全国の塾が高校部を設立し、塾が主導権を持つ中学から高校への6年間教育を一塊とするリセ教育を理想とするコンサルタント。自身も大学受験専門塾の経営者であり、その教務力と大学受験指導力には絶大な信頼を得ているカリスマ講師でもある。大手予備校に対抗できるノウハウを全国の中小塾に伝授するため、日々飛び回っている。高校の大学受験アドバイザーも務める。

 
 私は高校部門・大学受験・映像学習を専門とする立場であるが、いや、だからこそ、今回の新学習指導要綱ならびに、教科書改訂に臨む率直な意見は、「ウェルカム」なのである。教科書改訂で諸々騒がしいことではあるが、10年前の学習レベルに戻るというのは、とても喜ばしいことであると考える。賛同いただく諸兄も数多くいらっしゃることだろう。

教科書改訂は喜ばしいこと

 なぜ「ウェルカム」なのかといえば、こうである。

 高校生の学習指導(大学受験指導)に長年かかわってきた私から見た、近年の「中学生指導」の内容の薄さには驚かされ続け、実際に高校部に上がってくる彼らの知識土台の脆弱さに驚愕もしている。「考える力」を養うことに重点を置いたこの10年間は、結局「考える」ためには「考えるための知識土台が必要である」という、極々当たり前の結論に帰結しただけだったのだろうか(そう思いたくはないという気持ちもあるのだが)。

 考える(思考する)ことは「既知の知識を組み合わせ、積み重ねること」であるならば、既知の知識が少なければ、当然、到達でき得る次元も限られてしまう。全くもって当たり前である。この意味において、「ゆとり」の内容は薄すぎたのだ。

 また、この状況を大学受験の側から眺めてみると、入試問題を作成する大学側は、基本的には、あまり指導要綱を的確に反映してきたとは思えない。特異な例ではあるが、数年前まで、京都大学の数学二次試験では「旧課程」からの出題が、当たり前のように組み込まれていた。その意図は諸々あろうが、大学で学ぶ期間は限られているので、「ここまではできるようになってから、大学に来てね」ということだろう。それは当然だ(しかし、大学での留年率・補習率等を踏まえると、今、この危惧がAO入試や推薦入試に浮かび上がっている)。

 さて、この歪みをどこが緩衝するのかといえば、「高校3年間」ということになる。しかし、3年間でこの差を埋めるのは容易ではない(当然、高校の内容も薄くなっているからなおさらである)。

 私が「ウェルカム」と申し上げた意味が、おわかりいただけたことと思う。

中学知識量の増加は
大学受験には「福音」

 「『中学生内容が難しくなり大変だ』は、二重の意味で間違ってはいないか?」

 ここで、「教科内容が難しくなる!」と声高に騒ぐ方々には、逆に問うてみたい。何をもって「難しくなる」というのかと。単純に与えられる知識量が増えることイコール「難しい」ことであるとは言えないはずである。

 それでは、少し教科に踏み込んで、具体的に英語で見てみよう。

 ゆとり世代の使ってきた現中学3年生の英語では、文法として最後に「関係代名詞」を学ぶのだが、その際、ある教科書の順序では、まだ関係代名詞を提示する前にもかかわらず、「目的格の省略」の例文が提示されている。

 続いて「主格」、そして「目的格」の関係代名詞が登場する。さらにその目的格も先行詞が「物」の場合のみで、目的格whomは提示されず、thatの登場であっさり終わってしまう。概念理解を与えずに、初手から省略形を提示することは、学習者の理解にとっては、とても難しいことである。当然、関係代名詞全体を提示され、俯瞰したほうが、理解するにはとても「たやすい」と思うのだが、現状は情報が「さみだれ式」に登場し、全体像がとても掴みにくく、かえって難しいのではないだろうか。つまり、「知識の量が増えたほうが、かえってわかりやすい」ということも考えうるのである。

 さらに、心ある中学生指導者は、すでに行ってきたことではあるが、中学段階での知識の量が増えることによって、大学受験に対して必要となる「土台」なるものをきちんと与えることが、彼らが高校生になった時、かえって楽になることが多いのである。

 例えば社会。ゆとり世代の「地理」は本当に薄く、それは高校生となった際、大学受験に地理を使おうとする生徒諸君にとって、とても厳しい現状が続いた。以前ならアメリカ地誌では「グレートプレーンズ」「プレーリー」といった平原名を学ぶのは当然で、ブラジルの「パンパ」といった名称も教科書に出てきていた。ゆとり世代はそうした代表的な地誌もスカスカなのである。ベトナムの「メコン川」など聞いたこともない! のだ。

 そんな状況の中で、大学入試センター試験(大学受験の第一ハードル)の地理を克服するには、大変な時間がかかるものである。大学入試センターサイドは、ゆとり世代に対して、出さない部分は守ってきたが、出題していい部分で、その「質」を落としたことはないのである。すなわち、中学地理と高校(センター)地理との間には、恐ろしいほどのギャップが生じていたのである。このことが緩和されるのは、時間レンジを長くもって考えれば、「難しいのは大変だ」という短絡的な考え方に陥らないほうがいいということがわかるのである(余談であるが、世界の地誌をあまりにも知らないことで、「世界史」も大変弱くなってしまうと推察できるのである)。

中学部を指導する
塾長への共通項は何か

 さて、編集長からの依頼は「今回の新学習指導要綱と教科書改訂に上手に対応できない塾は、その多くが廃業に追い込まれる可能性が高い」という「ある予測」に対し、「塾は今、何をすべきか」ということを示唆することである。

 もちろん「塾」にも諸々の形態があるので、本来は分類して述べねばならないが、今回は中学部を主とする共通項について触れる。

すべきことの共通項目は5つ。

(1)情報収集

 今回の新学習指導要綱・教科書改訂についての情報を集めるわけだが、特に教科書改訂については直接的に関与してくる問題なので、精緻に情報収集したい。

 しかし、私たちはとても忙しい。一人ですべての情報を収集することは不可能に近い。よって、その情報をかなり集約した状態で手に入れたい。そのために自身が所属している塾団体・勉強会グループや教材を購入している会社(販社)に対し、情報提供を依頼してみることだ。販社は当然、自身の商品にかかわることなので、かなり詳しい情報を教えてくれる。そこがあいまいなら、その販社との取引はやめたほうがいい。ただし、多くは事実として「こう変わる」という情報なので、「塾として分析・加工」する必要がある。

 また、所属団体やグループには、必ず情報を提供してくれる人がいる。それは、塾として「ポイントや注意点」をも含んだ場合が多いので、利用できる人はすべきであると考える。これらの情報は(ア)塾長・講師・スタッフの自塾商品開発へのフィードバックに利用する(授業・指導は商品である)。(イ)保護者説明の資料に利用する。(ウ)販社への信頼度を確認する(提供資料の質、要点整理やポイントなどが適正であるか、迅速であるか、などなど。彼らの情報量やネットワークは素晴らしいものがある。大いに利用すべきであるが、得た情報とは、あくまでも資料。それを用いて、塾長は何を伝えるかを持っていなければならない)。

(2)保護者への説明

 臨時保護者会・保護者説明会・塾通信などにより、保護者への説明は欠かせないのであるが、いたずらに「危機感」を煽らないようにしたい。あからさまに「教科書改訂により勉強が難しくなります! だから当塾へ…」などという論調での集客を良識ある塾人はしてはならないと思う。「教科書が変わる」「難しくなる」といった不安が保護者の間にあることは事実であり、彼らはいろんな情報を得ようと思っている。しかし、彼らが本当に得たいものは「安心感」なのだ。だからこそ、我々が彼らに伝えるものは「安心感」なのだ。

 核心はすでに述べているが、「難しいことは困ったことではないのだ」。今回の件を保護者と同じ平面でしか見られないのならば、それはもう学習指導者ではないとさえ思うのである。教科書改訂の詳細を伝えた後、「当塾としては、大学受験まで見据えると、今回の改訂は良かったと思っており、そして、しっかり対応しております!」を伝えればいいのである。新年度の塾カリキュラムにそのことを裏付ける何かが付随していればベストである。

(3)スケジュールの予想

 さて、ここでは少し冷静に分析してみることにしよう。諸兄もお気付きのことと思うが、「現行の学校時間数で新要綱の消化は難しい」「増えた分を学校はいつするのだ?」ということである。

 現在、学校は月〜金に授業があり、多少の余裕はあろうが、やはり今回の増加分をそこで吸収できるほどのものではないだろう。余談だが、自塾の中学生は3つの学校から来ている。それぞれの授業時間と授業数は、"A中学校:50分授業、5〜6時限。B中学校:50分授業、6〜7時限。C中学校:50分授業、7時限"である。在籍中学によって違いがあり、C中学などは増加分の緩衝は、絶対無理であろうと予測する。

 さて、では中学校が増加分への対策として考えられる可能性は2つ。

(A)学校実施の補習

 正規の時間数で消化できないわけだから、非正規の時間枠で残りを消化するしかない。非正規枠で予想されるのは「長期休み」であろう。ここで思い出すのは、数年前に大流行したインフルエンザ。兵庫県のあるエリアでは多数の学級閉鎖を余儀なくされ、全く規定時間数が消化されずに学期を終えた中学校が多かった。そのため、学校がとった対策は「長期休みの一部を削って、学習時間数を確保し、帳尻を合わせる」である。そのエリアの知人の塾長は「塾の夏期セミナーの予定が全く立たない!」と嘆いていた。

(B)学校指導の表層化

 なんとか規定時間数で消化しようと考えるならば、「とりあえずカリキュラム消化が最優先とする授業の横行」が予想される。現に今の薄い教科内容に対しても、決められた試験範囲を試験日までに消化するため、試験前には恐ろしいほどの速さで授業が進む場合をよく見受ける(数学の証明問題を2〜3問演習して、ハイ終わり! では、子どもたちが身に付けたとは思えないし、それで「教えました」では通らないと思うのだが、現実はそれがまかり通っているときもある)。授業の4要素(講義・演習・解説・定着)のうち、「講義」以外が希薄となり、新学習指導要綱の本来の意図からずれてしまう。

 結局、学力の二極化【図1】が加速する(分岐点が高学力層に振れる=低学力層の割合が増える)。しかし、低学力層を学校が放置することにもならず(今もあるが)、中間期末試験前の学校の先生による補習が充実せざるを得ないであろう(退職教員による、ほぼボランティアの放課後補習授業などもある)。

 さて、塾はどうすべきか? 全国一律で、これらの予想現象が起こるわけではない。まず初年度は、エリアの生徒が通う中学校がどのように対応していくのかを注意深く観察し、塾内生よりの情報収集を怠らず、フレキシブルに対応するしかないのではなかろうか。「こうすべき!」という明確な示唆ができないことは、何とも歯がゆいことではあるが、塾によれば「存在の根幹」にかかわる問題にもなりかねないことなので、慎重に対処すべきところであろう。自塾が「エリアの子どもたちや保護者のニーズにどう応えているのか」と、「塾長が抱く自塾の方針・哲学・存在意義」とを再確認し、必要に応じて変更・修正していく機会として捉えるのも必要なことだと思う(ちなみにこの2つはたいていの場合、等しくはならない)。

 もう一度言う。1年目は学校側の細かい情報を収集し、2年目以降に自塾の方策をキチンと確立する。この二段階にならざるを得ないと思われる。

(4)指導者の質的スキルアップ

 単に量的問題を言っているのではない。ご承知の諸兄も多いが、今回の改訂内容を定着させるならば、彼ら自身の「器」【図2】を押し広げてやらねばならない。指導内容が薄いときならば、そこまでする必要のある生徒は少なかった(もちろんそのままでは高校で困ることになる)のだが、二極化の分岐点が学力上位層に触れてしまう今回は、そうはいかない。中学段階で「学ぶ力」「器」「自学力」などといった部分に今よりもっと関与し、押し広げ、生徒を育てねばならない。彼らの精神成長を促さねばならない。教えるばかりでなく、育てるのだ。その意味での指導者のスキルが要求されるのではなかろうかと考える。大学生講師が悪いとは言わないが、上述のことを経験・技術の未熟な彼らに求めるには無理がある(また、現実問題として、高校生指導において、大学生講師の未学習内容も出てくるので、教科的に指導不可能となる期間が来るのも近い)。

 塾通信・保護者会・進学ガイダンス・日々の声かけ・雑談などで、塾長・専任指導者がこれらのことを意識した指導・運営を行う必要がある。そのために何をすればよいかは、周知の事実。前述の「教科書改訂に対応できない塾は、廃業に追い込まれる」という予測はつまり、学校の中間期末対策と称し、その場しのぎの付け焼刃的学習を指導の中軸におく塾のことである。安直なそのスタイルはもはや通用しない(生徒の成績が上がるはずもない)。

(5)映像学習の加速

 塾にとって非常にタイトなスケジュール制約下で、外面的な部分において、その学習の量・質を増加させ、内面的な部分において、その器を押し広げる指導もせねばならない。その結果、塾の指導システムにも手を加えねばならない状況であることに間違いはない。ここで「映像教材の導入」を考えるべきである。ただ、残念ながら多少なりとも保護者に拒否反応があることも事実。しかしそれは多くの場合、学習指導者がその指導を放棄し、映像に丸投げしてしまうという印象を与えていることに起因している気がする。それは間違いであり、正すべき問題である(実は、映像を使うことによって一層、今まで以上のアナログ的部分の強化・工夫が要求されるのだ。今、私が一番現実的だと思うのは「個別指導と映像学習のハイブリッド形式」【図3】である。今後この形態が増えていくだろう。自塾で試験的に実践し、高い効果を得ている。同時に越えるべき問題点も見えた)。ただし検討するにあたって、「映像教材」と「映像学習」の区別はきちんとしておくべきだ。映像教材は各社から数多く出されており、そのどれもが塾で使えるクオリティーを持っている(私は立場上、すべてをチェックした)。また、映像学習とは映像教材を組み込んだ学習法のことである。これも方法論として数多く存在し、自塾とのマッチングを考慮するとき、とても大きな問題を含むこととなる(残念ながら今回は割愛)。

 「指導内容が10年前に戻る。10年前には映像教材はなかった。だから、映像による助力は必要ない」これは間違い。学習者である子どもの状況が考慮されていないからだ。多くの意味で、今の子どもたちが10年前の子どもたちと同じであるはずがないではないか。

 たとえ高校部を持っていなくても、生徒の大学受験まで視野に持つ指導者にとっては、自塾のカラーをプレゼンできる絶好のチャンス。かたや高校受験をファイナルイベントにする指導者は、根本的に指導の変質を余儀なくされる。ということか。指導の質を速やかに改めるのは、むしろ小回りの効く個人塾。改訂を「個人塾の時代」にするチャンスにしようではないか。

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