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2010/7 塾ジャーナルより一部抜粋

塾教育研究会 25周年記念大会
学習塾 改めてその『存在意義』を考える! 現在と未来

  2010年5月23日(日)/於 中央大学駿河台記念館(東京都千代田区)/主催 塾教育研究会(JKK)  
     
5月23日(日)、東京千代田区の中央大学駿河台記念館にて、皆倉宣之代表の開会の辞で、塾教育研究会(JKK)の設立25周年記念大会が開幕した。第1部はブリティッシュ・コロンビア大学の准教授・同大アジア研究所副所長でもあるジュリアン・ディルケス氏による「外国の社会学者から見た日本の学習塾」の基調報告、第2部は国立教育政策研究所名誉所員、白鴎大学教授の結城忠氏を迎え、ディルケス氏、JKKメンバーによる「学習塾の現状と課題」を検証するパネルディスカッションが行われた。塾研究における国内外の第一人者が同席する今大会には、JKK会員のほか、報道各社、教育学研究者や学生など約90人が参加した。

 世界の塾研究の権威・ジュリアン・ディルケス氏が日本の学習塾の存在に興味を抱いたのは留学中の20年前。以来、日本の教育制度に大きな影響を与える塾の存在意義を、市場原理からアプローチする研究を試みている。日本のみならず世界の塾を対象にフィールドワークを展開中だ。第1部では平林一之JKK前代表によるインタビュー形式で、日本国内40数校の学習塾を視察したディルケス氏の、外国人社会学者ならではの視点に基づく日本の塾業界の現状が報告された。

市場原理は教育を救う?
日本の私塾市場を検証

 ここ10年、世界各国に私教育機関が増加。個人塾も含めると大規模な世界市場を形成しつつある。アメリカでもバウチャー制度やチャータースクールなど、私教育が国の教育政策として導入されたが、「市場原理が、米国の教育制度の欠陥を直すほどの成果につながっていない」とディルケス氏。日本学と教育社会学を専門とする氏には「日本の私教育現場は、利益の追求があり、大都市ほど消費者の選択幅も広く、競争原理がきちんと機能する市場」と映った。「市場に教育的な『成果』が出てくれば、世界各国の市場原理にも意味が出てくるはず。だが日本には、市場や教育制度にこれほど大きな影響力をもつ私教育の専門的研究、教育政策がない」。そこで、自ら研究プロジェクトを立ち上げ、関東・関西を中心に個人塾40数校を視察。4年にわたる研究の結果が3点に絞られた。「まず市場では競争原理によって多様性が生まれる。それは新しい教育内容、消費者のニーズに合わせた塾の形式など。でも、日本の塾に多様性はありません。授業内容はどこの塾も一緒。指導要領と同じ内容です」。平林氏は『受験があるから当たり前』『ニーズだから』という塾側の便法で片付けていいのだろうかと、会場の塾関係者に問いかけた。

 続けてディルケス氏は、「市場原理を意識している塾長は多いけれど、現実的には市場から離れている」と鋭く指摘。「個人塾は駅周辺ではなく郊外に向かう。宣伝すらしない塾もある。『いまの生徒数で充分。あまり大きくしたくない』は経営者の考え方ではない」。

 3つ目の結果として、「いまの日本にとって塾の存在は『不安産業』。子どもの教育や将来に不安をもつ保護者に対して、塾は『安心』を売っている。そしてこれは世界的な傾向」。とディルケス氏。「世界的に見て、日本の教育状況は決して悪くないのですが」と付け加えた。

多様性のある塾とは?

 ユニークな指導法の塾として、ディルケス氏が例に挙げた中には、高2で丸山眞男氏の著作を読む大学ゼミのような授業を中心に行っている塾もある。しかし、「一般の塾では、先取り学習でできた余裕を『復習』に充てるのが現実。もっと違う内容の授業、例えば『仏教から学ぶ社会』や、英語以外の外国語の授業などがあっても良い。男女別の塾がないのもおかしい」とディルケス氏。指導要領以外の内容の授業、指導法以前の塾のあり方に多様性は見つけられないのが現状だという。さらに「建物、人間関係、先生の年齢層、雰囲気は、どの塾も少しずつ違う。でも昼間の学校とどこが違うのでしょう?」と問いかけた。

 ディルケス氏は、塾がセカンドスクール化している状況を挙げた上で、「2つの学校があるのはおかしい。生徒からよく聞く話で、『本当の勉強は塾でやる。学校は寝たり、友達と会う場だ』と。これは学校側にも問題がある」と警鐘を鳴らす。学校と深い関係をもちながら、日本の教育行政では、塾に関する政策が存在しない。「外国から見たらおかしなこと。善悪ではなく、文部科学省は塾の存在に向き合うべきだ」と括った。

「私塾」の存在意義とは?

 第2部のシンポジウムは、JKK代表・皆倉宣之氏、世話人・布浦万代氏、ディルケス氏のほか、結城忠氏が参加。結城氏は1980年代後半、文部科学省や日教組を中心に、「塾撲滅論」が吹き荒れた時代に、塾に通う小5・中2の子どもをもつ保護者、学校教員、塾教師を対象に首都圏2万人規模の調査を実施した、日本の塾研究の先駆けにして、第一人者である。「反塾感情が根強い時代でしたが、当時でも500万人の子どもが通塾していた。恐らく、親や子どもから積極的に評価されている側面があるに違いないと予測、結果的に見事に実証されました」と結城氏。

 ディルケス氏のリサーチの労をねぎらった後で「塾は『私教育』である以上、国の教育政策の直接的な対象になることのほうがむしろおかしい。私教育は本来、全面的にパブリックコントロールから自由を与えられている。だから私教育では、いろんな教育ができる」と見解を示した。ディルケス氏の市場原理から私塾界を捉えるアプローチに関しては、「私立学校には、まさに市場原理が働いている。選択競争評価の原理が働き、現に毎年、私学は学校淘汰されている状況がある」とした上で、「日本では公教育法制が私学にも公立と同じく適用されている。

 こういう国は恐らくヨーロッパには存在しない。公立と同じ学習指導要領が、拘束力をもって適用される私学とは何か?」と問いかけた。

 ヨーロッパは憲法で「教育の自由」「私学建学の自由」が保障されている。デンマークでは届出のみで認可の必要もない。一般の市民・親たちが、特別な価値観・宗教観を実現するために、既存の私学ではできない教育を行う学校を作る。「選択競争型ではなく、参加共同型の手作りの学校・教育行政といえる」と結城氏は評価。

 ここで皆倉氏から「オランダに代表される自由な教育制度の土壌を、日本で作ることは可能か?」との質問が上がる。結城氏は「歴史的背景が絶対的に違うことを押さえた上で、理論的に普遍の価値であるなら、示唆を受け、採り入れれば良い。教育の自由とは、まさにそういう価値だと思う」と語った。

 布浦氏からディルケス氏への質問、「日本の塾に対してどのような期待感をもって研究に臨まれたか?」に対し、ディルケス氏は日本の塾に関するデータと研究の貧困さから、状態を期待することなく調査に臨んだ経緯を説明。6月にはカナダに世界各国の研究者を招き、各国塾事情の情報交換をするワークショップを行い、塾に関する国際アンケートを行うという。

 「多様性のなさ」に関して、結城氏は「学習塾の存在自体が、『学校あっての塾』だと思う。さまざまな教育現実に対応する形で、塾が学校を補償している。私教育の大きな役割のひとつだと思う」と見解を示した。

 これに対し、報道陣から結城氏に質問が投げかけられた。「公教育の不足分を補填しているだけの塾は、果たして『私塾』といえるのか」。結城氏は「塾教育は私的財、自営者負担である。塾は公的支配に服しておらず、教員資格も不要、設置も自由。公的な規制、公的資金も受けていないことからも『私塾』であることは間違いない」との見解を述べた。

 公立と私学、そして私教育が、補完し合いながら三層構造のバランスを維持している日本の教育の現実。ディルケス氏からは、学校と塾のコミュニケーションの強化を望む声が寄せられた。結城氏は20数年前の調査内容を振り返り、「先生に対する信頼度は、学校より塾のほうが高かった。権力構造の中に位置している学校と違い、塾は権力とは無縁。だから、学校の先生には果たせないことが、塾の先生には果たせる。学校より友達が作りやすいという側面にも、私教育の特性に起因する存在意義があると思う。子どもたちが学校に期待している役割が、塾にこそあるのでは」と提言。未来を生きる塾関係者へエールを送った。

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