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2009/9 塾ジャーナルより一部抜粋

本堂で寺子屋を始めた帰国子女 教育格差以上の理不尽に挑む
増え続ける被虐待児童の学力定着に取り組む

     

厚生労働省は7月、児童養護施設に入所する中学生に「塾の月謝に使うことができる費用」を国と自治体で全額負担することを決めた。09年度4月にさかのぼって支給される。新たな教育問題として、増え続ける被虐待児童の学力定着に、学習塾がどう向き合うのか。名古屋市内で児童養護施設の子どもたちに「寺子屋」を無償運営する青年を取材した

高校進学は入所児童のサバイバル条件

 教育格差という造語が使われて久しい。多くは教育機会の格差が、将来の生活の質を左右するという意味で使われる。目につきやすい教育格差には行政が動き、都市部の公立学校では塾講師による課外授業が行われるようになった。一部とはいえ、通塾する経済的余裕のない家庭の子どもに、進路選択の幅が広がった のは確かだろう。

 だが、小学校低学年の学習機会さえ奪われた子どもたちに行政の動きは鈍かった。ネグレクト(育児放棄)を含む被虐待児童の多くは、初等教育さえ満足に受けていない子どもたちは少なくない。保護された後も親元から離れ、児童養護施設などの入所施設で生活を余儀なくされているため、学習をやり直す機会はもちろん、落ち着いた学習環境を整えるのも困難な生活を送っている。

 そんな彼らにとって、高校受験はとてつもなく高いハードルだが、超えなければ社会人と見なされ、退所を余儀なくされる現実が待っている。高校進学は入所児童にとって当面のサバイバル条件であり、退所後に自立した生活を営むうえで、資格として大きな意味を持つ。

 大人の都合で理不尽な人生のスタートを切らなければならなかった子どもたちに、なんとか高卒資格を取得させたいと無償で「寺子屋」を運営する青年がいる。名古屋市内にある寺の子息で、中学時代から大学院を修了するまで海外で暮らし、現在は幼稚園教諭という異色の経歴を持つ人物だ。廣中大雄氏、28歳。格差という言葉では足りない、社会の目から遠ざけられた子どもたちの理不尽に向き合い続けている。

 名古屋大学のキャンパスに隣接する大雄山性高院は、徳川家康第四子、松平薩摩守忠吉公の菩提寺という由緒ある寺。その本堂に10人ほどの中高生が集まって学習する光景には、文字通り寺子屋という言葉が当てはまる。

 一人ずつ明るく自己紹介する彼ら。家庭事情を知らされなければ、今時の中高生と何ら変わりない男の子たちに見える。だが、彼らのほとんどが親や親の配偶者などから虐待を受け、体と心に傷を負っている。小学生時代に通学させてもらえなかったり、通学しても勉強に集中できる環境になかった子どもたちが多い。当然ながら学力は定着していない。

日本的責任論に阻まれる社会貢献

 本誌編集部に読者から情報が寄せられたのは7月初めのこと。それによると、お寺の本堂で児童養護施設に入所している子どもたちを対象に、無償の塾を開校している。取材してみてはどうかという内容だった。

 早速、同塾を運営する廣中氏に連絡を取り、真意を聞くと、虐待などが原因で学習についていけずにいる子どもたちが、経済的理由で補助教育を受けられないのは二重の苦しみを強いるもの。そんな子どもたちへのサポートを広げたい一心で活動しているという返答だった。

 学習指導を行っているのは、廣中氏の活動に協力を申し出た「個別指導学習塾チェーン名学館」のボランティア講師たち。この講師にめぐり会うまで道のりは長く、帰国子女の廣中氏にとって、市民運動を形にしていくことの難しさと、日本社会の奇っ怪さを目の当たりにすることになる。

 イギリス、オーストラリアで10代から20代 前半を送った廣中氏は、白人社会に日本人が1人いることで、さまざまなトラブルに巻き込まれたという。同時に、その度に力になってくれる周囲の人の存在に励まされてきたのも事実だ。そんな経験をもとに、大人になってからは、在英、在豪日本人の問題を抱える子どもたちの力になりたいと活動してきた。

 帰国後も人にかかわる活動をしたいと考えていたとき、被虐待児の置かれている状況を知った。子ども自身が被害者でありながら、まともな学習機会を一度も与えられないまま大人となり、仕事に就けず、道をそれていく若者たち。そうなってしまうまでにかかわることのできた大人は何人もいたはずなのに…。何かサポートはできないものか。そう思ったのが始まりで、ライフワークとしての学習サポート塾「寺子屋」の立ち上げを決めたという。

 ところが、海外生活が長かった廣中氏には日本に人脈がない。手当たり次第にフランチャイズの学習塾本部に連絡を取り、同本堂にて営業担当者と話をすることから始めた。「ボランティアもしくは低額で子どもたちを教えてほしい」とお願いしたが、片っ端から断られた。同時に日本の私塾業界のシビアな現実の一端を垣間見、自身の活動の必要性を改めて感じたのであった。

 半ば諦めかけていた最中、ただ1社から朗報がもたらされた。全国に個別指導学習塾をチェーン展開する「名学館」からだった。ともかく、話を聞いてもらうことに…。

 「名学館」との運命的な出会いに手ごたえを感じた廣中氏は、一方で子どもたちにコンタクトを取ろうとした。ところが、日本での活動実績を持たない廣中氏の提案に、施設側は全く乗ってこなかった。廣中氏は言う。「日本は不思議。事業の本質で判断せず、何かあったらどうしてくれるという責任論ありきでものごとを判断しようとする」と。行政を通じて呼びかけようと役所にも足を運んだが、「信用をつけてから来てください」とつれなかった。

試行錯誤の2年高校進学を実現

 廣中氏からのアプローチを「最初は、塾のビジネスモデルを知りたがっているのかと思った」と話すのは、名学館グループ代表取締役社長の佐藤剛司氏。詳しく話を聞くうちに、全くビジネスにならない話だと思いながらも、どこか自分の中にしまい込み、蓋をしていた情熱を刺激された気がしたという。

 親と離別し、その傷を少しでも癒そうと生きる子どもたちが、学習機会を奪われた過去にこれから先も苦しめられる現実がある。どこかで取り戻さなければ、不幸は再生産される。そうした現実を知らないわけではなかったが、仕事に追われ、意識することなく過ごしてきたことを佐藤氏は廣中氏によって改めて再認識したとのこと。

 「話を聞いてみると、構想を持つ廣中さんには、お寺の本堂という場所と理念がある。私が持っているのは、全国に拡がる人的インフラと開塾から20年の歳月をかけて構築したノウハウですから、じゃ、彼の志と活動に融合できるんじゃないかと」と佐藤氏は全面協力を快諾した。

 現在、寺子屋は毎週日曜に開かれ、名学館から選抜されたボランティア講師たちが無償で性高院本堂を訪れている。他に弁護士、中小企業経営者、寺院関係者など、10人ほどの協力者も現れ、寺子屋は開塾から2年を経た。

 その間に被虐待児童に対する指導では、一般的な指導法が通用しないということを廣中さんらは知った。ある時、国立大の学生が個人的にボランティアを申し出てくれたが、子どもたちと信頼関係を結ぶことができず、教え続けることを断念した。難関を突破してきた学生には、初等教育の内容でさえ「できない」中学生を到底理解できないのだった。なぜ、こんなことがわからないのか、という態度に子どもたちはことのほか敏感だ。「できない」哀しさを共有できる、もしくは「できない」悔しさを想像できる教え手でなければ、子どもたちを伸ばすことはできない。寺子屋の試行錯誤が続いた。

 運命的出会いを果たした「名学館」の教育スローガンは「わかりませんは大歓迎!!」。この言葉に象徴されるように、寺子屋の理念とぴったりであった。

 ともあれ、高校進学をあきらめていた子どもたちが志望校に進学したことで、寺子屋の一義的使命は果たされたと言える。だが、廣中氏はさらに大きな目標を持っている。高校進学にとどまらず、能力がある子どもには大学進学、留学も視野に活動を広げていきたいという。

 「オーストラリアでは夏休みを利用した職業体験が盛ん。子どもたちが地元企業に1ヵ月程度“丁稚奉公”にいく。養護施設の子どもたちにとっては、社会と触れ合う機会が特に必要。学習サポートだけでなく、将来はより多くの社会との接点を提供していきたい」と廣中さん。事業の夢はふくらみ続ける。

学力定着で子どもに意欲人との関係性も学ぶ

 現在、寺子屋に通ってくるのは、名古屋市東区にある児童養護施設「慈友学園」の中高生たちだ。施設経営者が大雄山性高院と同じ宗派だった縁で、双方が快諾した。同園には2〜18歳までの男子30人が生活を共にしているが、職員数は14人。この人数で24時間、365日を運営している。日中は3人の職員がいるが、幼い子どもに手を取られ、中高生の学習を見る余裕ある職員はいない。

 園長の岡田和幸氏は、「お話をいただいたとき、学力を向上させる目的もさることながら、学ぶ場を提供してもらえることがありがたかった」と話した。施設での学習は「学習室」で、小学生から高校生までが一緒に行い、幼児も出入りするため、集中するのは難しいという。

 「部活をやりながら成績が上がった生徒は、もう少し頑張ったら部活の強い高校に行けると選択肢が広がったことを喜んでいる」とも。10年ほど前までは義務教育を終えた子どもは、退所するのが一般的だったが、最近は合格すれば、施設から高校に通えるようになった。ただ、大学進学となると、壁は厚い。

 子どもたちは地下鉄で寺子屋に通っているが、通い始めの頃は、「行ったまま帰ってこなかったら…」と心配したが、杞憂に終わった。子どもたちは応援してくれる大人の存在を素直に喜び、寺子屋に通うことを楽しみにしているという。人間関係を結んだり築いたりすることをためらいがちな子どもたちにとって、寺子屋は学習面だけでなく、人とのつながりを味わう場にもなっている。

 今通っている子どもたちの中には、中1から通い出した子どもがいる。寺子屋では3年間指導を受けた初めてのケースで、廣中さんは今から受験結果に期待を寄せている。

 今後、廣中さんは母子、父子家庭および年収300万円までの家庭の中学生を対象に、平日の夜7時〜9時まで、週5日寺子屋を開いていきたいとしている。学力は問わないが、学びたい意欲がある子どもを募集している。加えて、ボランティアの講師も募集している。

連絡先:
家康公第四子尾張藩開祖
松平忠吉公菩提寺
大雄山性高院 廣中 大雄
名古屋市千草区幸川町3-6
電話 052-781-1397
E-mail:hellodaiyu@shokoin.jp

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