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2008/1 塾ジャーナルより一部抜粋

8人の多角的提言

  教育改革が叫ばれている中で、民間教育機関としての学習塾が何をなすべきか。
学習塾と学校の“共存”というより“競争”でしかないのか!
8人のプロフェッショナルが提言する。
 
 
 

“ 転形期の塾産業 ”

森 毅
1928年東京生まれ、大阪育ち。京都の三高(現在の京都大学総合人間学部)から1950年東大数学科卒。北海道大から京大教授を1991年に退官。以後はフリーの評論家。

リバタリアンかコミュニタリアンか

大まかな歴史の流れとして、今の時代をルネサンス以来の転形期と捉えている。

多様化と統一化との間で時代は揺れ動くものだが、このところ多様化が時代のキーワードになっている。リバタリアン志向とコミュニタリアン志向とは人によるのだが、時代の流れはリバタリアンを勢いづかせているように思う。これはいくらか不安定なので、安定のためにコミュニタリアン志向が求められていることもあるが。学習塾の生徒でも、決まったカリキュラムで決まったコースを望む声があると思うが、こうした時代認識なしで「要求」に対応するのは、短期的にはともかく、長期的にはうまくいかないと思う。

学校を地域性の最後の砦とする考えがある。戦後レジームの教育を、文部省と日教組の対立と見る人がいるが、双方をかなり知っているぼくの観察では、どちらも体質は似ていて、それはコミュニタリアン志向の強いこと。どこでも同じカリキュラムで均質な教育を提供したいという傾向。塾も一種の経営であろうが、例えば食品や衣服を提供する産業を観察しても、どこでも同じ味であるスタイルで、大量規格経営は破綻して、多様化が求められている。学校だけが古い体質を残しているから、最後の砦なのだろうか。

塾というものは、学校を補完するものではなくて、塾のひとつの形態が学校であると思う。「全校一丸となって」は校長さんの決まり文句だから、この体質は学校という形態の塾の特性かもしれない。

多様性志向のリバタリアンのつらいのは、コミュニタリアン志向の人間も受け入れなければならぬところ。でも、それがリベラルということ。

「名門校」と呼ばれる学校は、案外にリベラルな伝統を残しているものだが、いくらかそれが衰える傾向があるのは、コミュニタリアン志向が学校の体質だからかも知れない。

それに「名門校」に入るには、受験がある。進学は結果が見えやすいので、受験に特化した塾もあろうが、それを長期的な経営の軸にするのはあやういと思う。銀行だってつぶれるのだから学校だってつぶれる。学校でない塾はなおさら。そのことが塾の強みのはずだが。

京大にいた頃、学生と付き合っておもしろかったのは、半分以上は浪人経験者で、高校時代の思い出より、予備校時代の思い出を楽しそうに語ることだ。理由は、予備校は卒業に資格がなく、教師も免状がいらず、学習の実質だけによるからだと思う。この点で、塾を学校にするのではなくて、学校を塾にするのがよいと考えている。だから、塾を学校の補完物にするのではなくて、塾が学校から自立することを望む。

リアリズムの復権

教育論で気にいらぬのは、みんな国家の立場から論じたがること。「国家百年の計」などと言われたものだが、「国家」といった人工物は差しさわりがあろうが、一つのレジームの平均寿命は百年以下だろう。スターリンのレジームも毛沢東のレジームも、百年は持たなかった。

それでも、歴史認識から始めたのは、塾のような文化産業は文化史の文脈で眺める必要があるからだ。文化史の単位は、たしかに百年単位で考えたほうがよい。明治レジームも戦後レジームも、少し短期的な状況に依存しすぎている。

そして、制度よりは実質から考えたい。どちらかと言えば、コミュニタリアンは制度志向でリバタリアンは実質志向であって、そうでなくては私塾の強みを生かせない。

現実ばなれなことを論じているようだが、転形期にはかえってリアリズムが復権するものだ。実質が空洞化すると幻想が肥大化するもので、学校幻想から離れることが必要。

受験校で必修単位をとってなくて、六十時間の補習で「受験生がかわいそう」との声があったが、これはリアリズムに反している。まず六十時間といっても、実際には四十時間でよいだろう。不慮の病気などの事故を考えると、ギリギリ四十時間だといくらかの危険があるけれど。

それに四十時間教室にいても、他のことを適当にしている。学校がうるさくて、授業を熱心に聞いているふりをしていても、頭のなかのことはわからない。こんなことは多くの人が経験しているはずなのに、教室ではすべての生徒が先生に集中しているというフィクション、これが学校幻想の典型。

「ゆとりの教育の見直し」なんていうのも、生徒が教室にいてくれれば学習しているはずといったフィクションがそもそもおかしい。ぼくはスポーツが苦手で、テレビで見るだけだが、ゆとりのある選手が試合でいい結果を出すぐらいわかる。京大にいたころ、学生を観察していても、ゆとりのある学生のほうが試験をうまくこなす。学力があるからゆとりが持てると考えるのは発想が逆転していて、学力をうまく発揮するのがゆとり。ゆとりをもっと積極的に考えたほうがよい。少なくとも、しごきで長時間練習するより、少し学習に距離感を持って楽しんだほうが、ゆとりが持てそうだ。教室にいる「労働」が「価値をうみだす」といった幻想からは脱却したほうがよい。こうした原稿だって、気楽に心を開いているほうがアイデアがうまれやすいし、それを文章にするのだって遊び心のあるほうがうまくいく。そんなことは、マルクスだって文筆で暮らしていたのだから、よく知っていたはず。「ゆとり」は時間ではかるものじゃない。

これはマニュアル化しにくいから、自分の安心のために、「努力幻想」が生まれるのだろう。受験なんてものは、「努力のつみあげ」なんかじゃなくて、一週間ほどのうまいすごし方。そして、無事に進学できたら、「たかが一週間のこと」と相対化したほうが、事後にもよさそうに思う。「有名校」に合格したところで、それからその学校をどう楽しめるかが課題。京大の学生にしても、入試に合格して、単位がそろって卒業することしかまわりに見えないが、四年間の実質で大違い。

日本は「入学歴」の社会だと言われるが、「有名校」に合格したところで、それを引きずっていては人生が暗い。

文化の歴史意識は百年と言ったが、人生八十年のことを考えると、目先の進学や就職じゃなくて、少なくとも五十年程度を考えるのがよい。「公は百年、私は五十年」が教育を考える目安だと思っているが、教育を問題にしだすとみんな「公」になってしまうから、せめて五分五分で議論してほしい。

進歩主義との決別

努力信仰もそうだろうが、ぼくは戦中の非国民少年だったから、精神主義は負けいくさの症状だというのが、心にしみついている。この点で、「徳育」なんて言葉にまどわされずにすむのが、私塾のよいところ。生徒への愛情なんてことを言いわけにしないのも塾の意気地。

それでも、ぼくはもうすぐ八十年生きたことになるが、人間の風格といったものは、広い意味での塾で作られたと思っている。「品格」と言わずに「風格」と言っているのは、「品格」と言うと「上品」とか「下品」とかを連想して、多様性に反するから。「校風」とか「理念」とかを掲げて商売するのは性に合わない。

「リバタリアンか、コミュニタリアンか」と対立を表に出したが、「気体か、固体か」と言っているような気がしないでもない。分子が真空の中を飛びまわるか、結晶の枠の中で生きるかだけでなく、いつでも隣の分子がいて、それが入れかわる液体のイメージのほうが、転形期に流動化する私塾にふさわしい。

戦前だって私塾があって、別の学校の年長の友人ができたし、旧制高校の寮もときどき訪れる先輩も含めて塾のようなものだった。そこで知り合った先輩の影響で、例えば詩人になったりする。

今なら、学校の枠をこえてのサークルなども、ボランティア塾のような趣がある。こうした性格をどのように塾にくみこんでいくかが、課題と思っている。

あまり一つの方向にまとまらぬほうがよい。多様化ということでなら、志向性はさまざまだから、流動的でくっついたり離れたりの液体。一種の塾内の塾のように偶然の出会いから生まれるのがよい。「徳育」なんて言わなくても、そこで人間の風格は作られる。

先生も加わってよいが、絶対に「指導」したりしないこと。せいぜいが面白半分に覗いてみた先輩の気分。大量規格生産はだめと言ったが、これだと大きいことを利用できる。

小規模の塾なら、塾そのものを一種のサークルのようにしてしまう手もある。営業としては大きくしたいかもしれないけれど、人気が出て、大きくなるのは仕方がないが、大きくすることを目的にしないほうがよい。

生徒が四十年後に自伝を出すときに、塾の思い出が書かれるのが塾の成功であって、進学や就職が成功とは思わない。

近代の病癖は、とかく進歩に強迫されること。学習も芸能だが、芸ごとの塾というのは、自分なりに楽しんでいるうちにその人なりの芸格がついてくるもの。進歩したかもしれないが、それは結果であって目標ではない。

転形期の液状化というのは、発想の転換によい環境なのだ。

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