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2006/9 塾ジャーナルより一部抜粋

「教育用語」の不思議な話

小松 郁夫(こまつ いくお)
1947年秋田県生まれ。東京教育大学大学院博士課程修了。東京電機大学助教授を経て、1993年10月より国立教育研究所学校経営研究室長に就任。その後、2回にわたって英国バーミンガム大学客員研究員となる。現在は国立教育政策研究所で教育政策・評価研究部長と初等中等教育研究部長(併任)を務める。また、横浜市教育改革会議委員(学校運営部会長)、川崎市教育改革推進協議会(座長)、足立区学校支援委員会(委員長)など、各自治体での教育改革に関与している。〈主な著書〉『学校経営の刷新』(共編 教育開発研究所)、『諸外国の教育改革と教育経営』(共編 玉川大学出版部)、『現代教育行政の構造と課題』(共編 第一法規)など。
 
教育界には、独特な言葉が多く使われている。例えば、「学力」という言葉。これには、「見える学力」とか「見えない学力」などというオマケまである。今回は、そんな言葉の不思議を考えてみたい。
 

1.「学力」とは?

最近、学校評価のあり方について、学校関係者に話をする機会が増えた。その際に問題となるのが、学校を評価する指標としての児童生徒の「学力」の状況である。特に最近は、教育委員会が独自に「学力調査」と称するテストを実施するので、その結果を学校の評価指標として、どのように位置づけるべきかで、様々な議論が展開される。

私も編集者の一人となった『教育学用語辞典』(学文社)では、教育社会学者の永井聖二氏が「学力」を定義して、(1)経験を通じて学習した能力、(2)個人の可能性とほぼ同義、(3)発達と学習の成果として獲得され、現時点において発揮できる能力、(4)知能との関係において、個々の教科、科目あるいはそれを総合した成績について、知能検査の結果などから、その学習者に期待される学業成績に到達させるための指導、援助の適切性を検討する指標となるもの、と説明している。近年の新しい学力観では、「学ぶ力」や「学ぼうとする力」というような意味合いでも語られることが多く、依然として混乱したまま、最も重要な教育用語として使用されている。

更に混迷を増幅しているのが、「見える学力」なる議論である。学校での議論で、反対に「見えない学力」を提示することによって、学校評価などが困難である、あるいは、課題の解明が不透明であるという議論をすることがある。したがって、何ら具体的な改善課題を提示しないまま、何を、どこまで実現し得たのか、という問いかけには回答しないことが許される。しかも、学習塾や予備校では「見える学力」のみを扱うので教育しやすいが、学校は「見えない学力」も重視するので、多くの困難を抱えている学校評価で、学力を数値化することは問題である、という処理のされ方をする。

学校教育活動の核心は、この学力の形成にあるのではなかろうか。そのことを欠落させた学校評価は、あんこのないまんじゅうのようなものである。肉の入っていないすき焼きを作るようなものである。さらに、「見えない学力」を形成する、という目標設定にも、いささか疑念なしとしない。「見えない」ものをどのようにして育成できるのであろうか。どのようにして、学習されているかを確認するのであろうか。学校はまさか、「見えない」お化けを育てている訳でもあるまい。「見えない学力」と定義する以上、教師個々人の勝手な、主観的な思いこみで、この「学力」を形成するものを教育する他あるまい。何とも不思議な議論である。

「確かな学力」ということも、考えてみれば不思議な言葉である。一般的には、「知識や技能はもちろんのこと、これに加えて、学ぶ意欲や自分で課題を見付け、自ら学び、主体的に判断し、行動し、よりよく問題解決する資質や能力等まで含めたもの」と説明されている。この点に関し、文部科学省の英文では、学習指導要領について触れた中で、次のような能力を育成することを目的としていると説明される。すなわち、foster the qualities and abilities necessary to acquire steadily the rudimentary basics of education, such as reading, writing and arithmetic, and to learn, think and act for oneself as well as develop problem-solving skills.である。ここで示されているのは、読み書き算に加え、自ら学び、主体的に考え、行動し、問題解決をするような、教育の基礎・基本the rudimentary basics of educationを、「確かに」steadily獲得する資質や能力the qualities and abilitiesを育てる、と示されている。つまり、英文では学力の形容詞として「確かな」ということが付けられているのではなく、「確かに獲得する」資質能力として「学力」が解説されているのである。

関係文書をよく読めば、今時の教育改革のねらいが理解できるのであるが、関係者にわかりやすく、キャッチフレーズ的な言葉を重視すると、場合によっては、このように学校現場が混乱する一因にもなる。

2.力が氾濫する教育界

学校教育が育てたいものとして、「人間力」という不思議な言葉も流行している。「人間」という一つの生物に対して、「力」を結びつける言葉である。こうした言葉が、論理的な思考で成立するとしたら、皮肉な言い方を許されるなら、犬や猫にも「犬力」とか「猫力」などという言葉の使用が可能であり、何とも奇妙な議論が展開できそうである。そもそも最初に言い出した人が誰かはわからないが、たとえば、スポーツの世界でも好んで使用する人がいるようである。アテネ・オリンピック当時のサッカー日本代表監督の山本昌邦氏は、オリンピック準備期間にこの言葉を好んで用いたといわれているし、巨人軍の監督、原辰徳氏もご自身のブログ日記で使用している。

政策的に影響を与えているのは、文部科学省が平成14(2002)年8月に、人間力戦略ビジョンとして公表した、「人間力戦略:新しい時代を切り拓くたくましい日本人の育成 ―画一から自立と創造へ―」という文書である。さらに、翌年の平成15年4月に公表された内閣府の「人間力戦略研究会」での定義である。この内閣府の文書では、「人間力」を「社会を構成し運営するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力」と明確に定義し、その構成要素に、「知的能力的要素」、「社会・対人関係力的要素」、「自己制御的要素」などの要素を総合的にバランス良く高めることが人間力を高めることであるとした。残念ながら、「人間力の育成」は、教育基本法に規定する「人格の完成」という教育目的との関係が不明である。

「力」が後につけられた関連用語は、その他にもいろいろとある。たとえば、学校力、授業力、教師力などである。これらを並べてみると、人間、教師という存在に関わる言葉の「力」を意味するもの、授業のように、ある活動に関わって造語されたもの、さらには、学校のような組織に関わるものなどがある。やはり、考えれば考えるほど、奇妙な言葉が教育界には氾濫しているように思える。その上で、それぞれの論者が思い思いに自分のイメージを付加して、お互いにあまりかみ合わない論議をしている。おそらく他の業界では、たとえば、「医師力」とか「弁護士力」とは言わないであろうし、「診察力」とか「弁護力」とも言わないであろう。「図書館力」とか「病院力」とも言わないに違いない。

しかもこの「力」なるもの、どのように測定するかとか、どのようにその「力」が表出するか、どのように強化するべきかもわからない。おそらくは、この力なるものも、「見える力」と「見えない力」があるのであろう。これ以上考えると、自分の意識が混乱するから、この辺でやめよう。

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