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2005/11 塾ジャーナルより一部抜粋

日本青少年育成協会 十周年記念式典

  第一部 9月23日(祝)午後2時30分より 於 京都国際会館
第二部 記念式典・懇親会 午後5時30分より 於 宝ヶ池プリンスホテル
 
     

社団法人日本青少年育成協会(佐々木喜一会長)が9月23日、京都国際会館において十周年記念式典を開催した。式典は二部形式で行われ、第一部では柔道家でバルセロナオリンピック金メダリストの吉田秀彦氏が「強くなることに必要な支援」と題し基調講演を行った。続いて同協会主席研究員の小山英樹氏が「教育コーチング概論とワークショップ」で教育コーチングの実践法を披露し、参加した約500人が耳を傾けた。第二部は宝ヶ池プリンスホテルに会場を移し、参加者らで懇親会が持たれた。

第一部

冒頭、同協会常任理事で事務局長を務める林隆樹氏により開会の挨拶がなされた。その中で林氏は、様々なジャンルで活躍中の教育関係者が青少年の健全育成という同一の目標に向かって、ともに教育問題に取り組んでいきたい旨を述べた。

基調講演 「強くなるために必要な支援」
柔道家・格闘家 吉田 秀彦氏

(講演は同協会常任理事の大久保浩氏の質問に吉田氏が答える形式で行われた)

――吉田さんには、本日、この場をリングとお考えいただきまして、よろしくお願いいたします。まず初めに、柔道を始めるきっかけについて中・高生の頃のお話を中心に伺っていきたいと思います。

吉田:私は小学生の頃からのたいへんな腕白坊主でして、手を焼いていた親父に「お前、柔道をやれ」というひと言がきっかけとなって始めることになったわけです。うちの家庭は親父の言うことは絶対という家庭でしたから、そのひと言で半強制的に柔道を始めさせられたわけです。

――その後、中学・高校と厳しい練習を積まれ、高校3年生の時にインターハイで優勝されますが、中学、高校時に講堂学舎という柔道場に籍を置かれました。その講堂学舎とはどういうところだったのでしょうか。

吉田:講堂学舎というのは、中学1年生から高校3年生までが一緒に寮生活を送りながら柔道を習う道場です。寮生の中には全国大会で優勝するような実力を備えた中学生がいましたが、その中で私は県大会ですら優勝したことのない弱い選手でした。それでも朝5時40分に起きて7時まで練習すると、そのあとは学校へ行き、帰ってくるとまた4時ごろから夜7時まで練習という、柔道漬けの毎日を送っていました。

――厳しい練習に毎日耐えられたのは、お父様が怖かったということが大きかったのでしょうか。

吉田:そうですね。無口な人ですが、怒るとすごく怖かったので、小学生の頃はほとんど口を利いたこともなかったですね。

――お父様は吉田さんに期待を寄せていたでしょうね。

吉田:いや、全然、期待してなかったと思いますね。それよりも講堂学舎で鍛えながら、無事に高校を卒業してくれればいいというふうな考えだったと思います。

――講堂学舎では柔道の恩師、吉村先生に指導を受けられるわけですが、どんな指導者でしたか。また、吉村先生から学んだ最も大きなものとは何だったのでしょうか。

吉田:最初に会った時は、とてもいかついイメージを受けましたね。職業は、警察官だったんですが、練習の時はむちゃくちゃ怖かったですね。ただ、それ以外の時の寮生への接し方は違っていまして、中、高生の目線に立って一緒に遊んでくれる人でした。吉村先生の教訓の中で大きかったものと言えば「絶対に妥協するな」ということを常に言われ続けたことです。たとえ先輩を相手に練習していても弱気になれば怒られました。

――数々のタイトルを獲られ、また、バルセロナオリンピックで金メダルを獲得されるまでにはどのような努力をしてこられたのでしょうか。また、厳しい練習に耐え抜いていく原動力とはどういったものでしょうか。

吉田:よく聞かれるんですが、特に努力をしたという覚えがないんですね。それに最初からオリンピックを目指して柔道をやってきたわけでもありません。ただ毎日、毎日、目の前にいる対戦相手にいかにして勝つか、そのことだけを考えていました。その繰り返しの先にオリンピックがあったという感じです。毎日の練習の中に目標を定め、それを達成するということの繰り返しですね。例えば「強い相手に10回負けても1回くらいは尻餅をつかせてやろう」というように、自分なりの目標をもつこと。練習を続ける原動力は勝つたびに次第に自信を付けられたことだと思います。

――さて、柔道から総合格闘家へと転身、※「プライド」に参戦していかれたわけですが、そのときのご心境とはどういうものだったのでしょう。

吉田:柔道界を引退する決意をしたのは、2002年に世界柔道選手権で優勝した鈴木桂治選手に負けた時でした。その時は「俺はもう柔道では世界一は取れないんだ」と思いましたね。しかし、引退はしても柔道で鍛え上げた体を使ってまだまだやれることはあるはず。自分の力がどこまで通用するのか試したい気持ちもあり、総合格闘家への道を選びました。なぜ、あんな世界へ行くのか、という非難も受けましたし、今でもその点について様々なことを言う人はいます。ただ、私に近い周囲の人たちは気持ちを察して応援してくれました。そして、総合格闘家への道を選んだもうひとつの理由は、柔道の素晴らしさをもっと感じてもらいたいという思いからです。

――総合格闘家として活躍される一方で、柔道場を都内3か所に開かれ、約400名の門下生がいらっしゃるとお聞きしております。その道場についてお聞かせください。

吉田:子どもたちが柔道に触れられるためには町道場がなければダメです。町道場こそが柔道の原点だと思っています。現在、3歳児から50歳代の方までいらっしゃいますが、最も多い小学生の層に力を入れて指導しています。柔道について何も知らず、受身もできなかった子どもが試合で勝って喜ぶ姿を見るとすごく嬉しいですね。

――ご自身が小学生だった頃に比べ、今の子どもたちを見てどのようにお感じになりますか。

吉田:やんちゃな子が減りましたね。私が小学生の頃は道場に勝手に行って、練習して、勝手に帰ってきたものですが、今は親が道場へ送り迎えをしているのを見ると、自分の子どもの頃とはずいぶん違うと思いますね。子どもの側にも何かあれば親が助けてくれるという甘えがあるようです。親の方も子ども可愛さにその優しさが違う方向に向いているんじゃないかと思う時があります。

――吉田さんが受けてきた厳しい指導を、今の子どもたちにそのまま行えば、ついて来ないんじゃないかという心配はありますか。

吉田:そうですね。今に合った教え方をしていかないと難しいと思います。

――その小学生たちが強くなるために必要な支援とはどのようなことなのかという話になっていくのですが、先ず、叱り方についてはどうでしょうか。

吉田:これは当たり前のことかもしれませんが、小学生を叱る時は上から立ったまま叱るのではなく、座って目線をしっかり合わせて叱ります。そうするとよく聞いてくれますね。

――「強くなるんだ」という気持ちを維持していく上で、心がけていらっしゃることはどんなことでしょうか。

吉田:あまり「強くなるんだ」と考えたことはなかったです。それよりもいかに長く続けていけるかということに重点を置いていますね。そのためには仲間をつくらせることが重要でしょうね。いい仲間と支えあうことが長く続けることに結び付くでしょうし、結果的に強くなることにつながるのだと思います。

――400名の門下生全員を吉田さんがお一人で指導されるわけではないと思います。スタッフの育成が重要と考えますが、この点に関して特に力を入れておられることがありましたらお聞かせください。

吉田:人それぞれですので、こうしなければならないという細かなことは言っていません。誰しも良いところは持っているのですから、指導するスタッフが自分自身のよさを出せることが大切だと考えています。また、指導する時とそれ以外の時の切り替えができる指導者であって欲しいと思います。

――今後の目標をお聞かせください。

吉田:現在、都内に3か所の道場を運営していますが、一つずつ増やし全国展開することが夢です。その道場の門下生からオリンピック選手が出てくれたらいいというのが私の夢です。

――ありがとうございました。ここからは会場の皆様からの質問をお受けしたいと思いますので、質問がある方はお手を挙げてください。

質問者(会場より):僕はアメリカのプロバスケットチームNBAを目指し、そのマイナーリーグで18歳の時から9年間プレイさせてもらっています。関西で子どもたちの指導にも当たっていますが、アメリカの指導者と日本の指導者の違いを強く感じています。アメリカではまず褒めることから始めますが、日本では常に否定から始まるんですね。吉田さんは柔道において日本と海外の指導者の違いをお感じになりますか。

吉田:柔道の基本は受身ですよね。日本では初心者に最初に教えるのは受身です。基本とはいえ習い始めて2ケ月も、3ケ月も受身ばかり練習していると嫌になってくるものです。ところが、フランスでは投げることを最初に教えるんです。それは柔道というスポーツに興味を持たせるためで、楽しい方から教える指導方法というものを見てきました。私はその両方をミックスして指導するようにしています。

質問者(会場より):柔道とともに子どもたちに精神的な強さを教えておられると思いますが、今の子どもたちの何を最も育てなければならないとお感じでしょうか。

吉田:何事も長く続けることが重要と思っているわけですが、そのためには我慢が必要です。習い事を始めてもすぐにやめてしまずに、続けるためにはいい仲間をつくって、ともに我慢できる環境が必要ではないでしょうか。  

このあといくつかの質問がなされ、同協会会長の佐々木喜一氏が吉田氏に謝辞を述べ、基調講演は終了した。               

●吉田 秀彦氏のプロフィール
1969年、愛知県大府市出身。小学4年生で柔道を始める。全寮制の柔道家養成機関「講堂学舎」を経て、明治大学在学中に世界学生選手権2連覇を達成。1992年バルセロナオリンピック金メダリスト。1999年世界柔道選手権優勝。2002年の全日本選手権を最後に引退。現在、柔道家として主に「プライド」のリングで活躍するとともに、都内3か所に吉田道場を開き、主に小学生を中心に指導している。
※「プライド」
あらゆる格闘技の強豪たちが、制限の少ない統一ルールの下で「最強」を競い合う。そんな格闘技ファンの夢を実現させたのが、バーリ・トゥード(ポルトガル語で"何でもあり"の意)というブラジルで生まれた試合形式である。

(文面抜粋)
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