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中学・高校受験:学びネット

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2004/1 塾ジャーナルより一部抜粋

7人の多角的提言

 
客観情勢を「正確に」つかむ塾だけが生き残れる
安田教育研究所
代表 安田 理

これから先、塾を囲む環境が年々厳しくなるであろうことは誰もが否定しないであろう。
が、全体としてはそうであっても、どんな業界でもそうであるように、その中には必ず繁栄を続ける勝者がいる。そうした勝者に共通していることは、「これからの社会を読む力」に優れ、「変化に応じて自身を変える力」を有していることである。そこでこの稿では、塾を巡る環境としてはこれからどのような変化が予測できるのか、それを見ていくことにしよう。

自治体の「教育改革」が活発になる

「教育」はお金がかからず、もっとも効果的な住民サービス

「はこもの行政」が財政難から行き詰まり、各自治体はそれに替わる住民サービスの材料を探していた。折から、小泉内閣により「権限の地方委譲」が打ち出され、教育面でも「画一から多様へ」のスローガンの元、様々な独自の試みが認められるようになった。
「教育」は、住民にとっては最大の関心事である。自治体の首長からすれば、この機会を逃す手はない。かくして各自治体は競って「教育改革」に乗り出すようになった。

「学校選択制」「学力テスト」「教員の独自採用」「土曜講習の実施」「社会人講師の起用」「学習サポーターの派遣」「二期制の導入」「退職教員を活用した学習の場の創出」…ここへきて市区町村ごとに実にいろんな施策が打ち出されている。多額の財政出費を伴わず、それでいて住民受けするもの、目立つことを選んでやっているようにさえ見受けられる。

なかには、これまで塾がやってきたことを肩代わりするようなものもある。住民にすれば、無料ならば当然そっちに行ってしまう。自治体の教育サービス競争は、紛れもなく塾にとっては脅威となる。

自治体ごとにバラバラな時代が来る

私の事務所は、実は東京の港区にある小さな塾内におかせてもらっている。その港区で、一昨年の夏、こんなことがあった。港区が区内の全小・中学校で突然夏期講習を実施したのである。

塾にとっては、いちばんの稼ぎ時である夏期講習に子どもが来なくなったのであるから一大事である。死活問題である。こんなことが、これからは日常茶飯事で起こる―そう思っていなければいけない。

ではお隣の区も夏期講習を実施したかというと、そんなことはない。隣接していても状況は全く違うのである。

また、私の住んでいる横浜市は来年から全小・中学校が「二期制」になるが、お隣の川崎市はならない。

つまり、これからは様々な事柄が自治体によってバラバラになるのである。
こうなると、広域に展開している塾にとっては厄介である。夏期講習を実施する教室と実施できない教室、市をまたがって通ってくる生徒がいる教室は定期試験対策の回数、時期、範囲が違ってしまう。

このほかにも、全教室一律というスタイルが困難になる要素はいくらでも出てくるであろう。

家庭の財布事情

環境の変化として考慮に入れなければならない重要な要素に「家庭の財布事情」がある。
これからの産業界を考えたとき、工場の海外移転による産業の空洞化、賃金における年功序列給の崩壊、正社員採用の抑制(派遣・パートで代用)と、従業員側にとっては明るい材料は少しも見当たらない。このところ企業業績が回復基調にあるといっても、従業員自体の雇用条件は少しも好転していないのが現実だ。

「数パーセントの飛び切りのお金持ちと、90数パーセントの貧乏人の時代の到来」ということが言われている。『年収300万円時代を生き抜く経済学』という本が売れているように、これから先多くのサラリーマンの所得は減少する方向にあると予測される。「年収300万円」―当然わが子を塾に通わせることは不可能である。こんな時代になるとしたらどうしたらいいのだろうか。

商売の原理からすれば、『薄利多売』か『高品質高価格』かということになるが、300万円では『薄利多売』も限界であろう。私個人としては賛同できないことであるが、少数のお金持ちを対象とした『高品質高価格』路線を採るしかないのではないか。

ただこうした路線で存在できる塾の数は、対象人数が少ないのであるから当然ごく少数となる。しかも突出した優れた点がなければこの競争に勝つことは難しい。
高い費用を納得させられる「高付加価値」を与えられる塾だけが存続できる時代になる、
経済的要素だけを考えればこうした予測が成り立つのである。

― 一部抜粋 ―

 
国立、公立、私立学校、そして民間教育機関である塾 −それぞれの存在意義を認めて−
東京私立中学高等学校協会 会長
東京女子学院中学高等学校 校長
酒井 A

古今東西を問わず、歴史を学ぶ子とは過去を知ると同時に、先人たちが艱難辛苦を乗り越えてきた実績から、視野を広げ、多角的なものの見方、初心に帰って物事の本質を学ぶ機会にもなっている。その上、現状分析を通して改善を図り、将来を展望することが可能であるとの観点から、民間教育機関についての、誕生から今日までを振り返ってみた。

わが国の現行教育制度の成り立ち

現代の日本の教育制度は、明治5年8月2日の学制発布によって始まったものである。その前文とも称される「学事奨励ニ関スル被仰出書」には「一般人民必ス邑ニ不学ノ戸ナク、家ニ不学ノ人ナカラシメン事ヲ期ス、人ノ父兄タル者宜シク此意ヲ体認シ、其愛育ヲ厚クシ、共子弟ヲシテ必ズ学ニ従事セシメサルヘカラザルモノナリ」とある。この文章はどちらかと言えば、支配階級中心のものだった教育を国民全体のものにしよう、特に庶民階級の子女に少なくとも初等教育を受ける機会を与えようとしていることがわかる。

しかし、この近代的教育観は、当時の支配的指導的階級によるものであり、学制発布そのものが教育の国家管理を意図したものであった。学制発布の6年後に、国家的統制色を薄めた「自由教育令」が出るが、これはわずか1年半後には改正され、教育の中央集権化が図られた。その後も施策の転換、変化はあったが、現在の教育制度の骨格はこの時までにでき上がったということができる。

私立学校は国民教育の原点

私立学校の発祥は、平安時代の828年、空海が建てた庶民の教育機関・綜芸種智院と言われている。鎌倉時代になると日蓮、法然、親鸞、一遍などの高僧が庶民のための教育を行い、これが寺子屋へと引き継がれていく。そして江戸時代には私塾が生まれ、時代のリーダーを育てていく。

明治の学制発布に伴って、教育は国家管理の方向へ進み出す。寺子屋は小学校となり、やがて公立化。しかし官製の教育に飽き足らない教育者たちが私立学校創立に乗り出した。学制発布前後に生まれた私立学校には、福澤諭吉の慶應義塾(1858年)、メアリー・キダーの女子洋学塾(現フェリス女学院、1870年)、佐野鼎の開成学園(1871年)、チャニング・ムア・ウィリアムズの立教学院(1874年)、ドーラ・E・スクーンメーカーの青山学院(1874年)などがある。明治6年度に発行された「文部省第一報」には、学制に準拠する中学校の最初の状況が載っており、公立3校、私立17校であった。明治初期の教育の国家管理が進む中でも、私学は着実に息づいていたのである。

このように私立学校は歴史的に庶民教育、国民教育の原点であったし、現在も原点であることに変わりない。私立学校は、特定の人たちのためにつくられた学校ではない。創立者が自分の教育理念を実現したいと教育愛に燃え、全財産を注いで設立した学校である。各校には創立の理念、建学の精神、教育方針がある。それぞれが異なった教育理念を持った学校である。

その建学の精神に賛同した人たちが集まってくる。地域の垣根はない。昭和30年代後半に財団法人東京私立中学高等学校振興協会(現在の東京私立中学高等学校協会)私学教育研究所が行った「私学の性格についての研究」によると、私立学校の基本的性格について本領は「自主自由」であるとした。その上で、「私立学校が建学の精神を持ち、独自の伝統と学風の上に立つ手自主的に経営している子とは言うまでもないが、自己の存在と価値を客観的に主張するには公共性が必要である。単なる利益の追求であったり、普遍性のない信条の教育を目的とするのであっては、現代の私立学校と言うことはできない」とする。公教育の一端を担っているのだから当然であると言えるが、同時に「教育の本質に即して、自主的・自律的に教育を行うところに価値を持つものである」ことが極めて重要である。

さらに、学ぶもの、保護者から見るとき、私立学校は教育の機会均等とその前提となる教育機関の選択の自由が保障されていなければならない。現在は父母負担教育費の公私間較差の拡大が障害になっている。

― 一部抜粋 ―

 
勝ち組になるための学習塾の今後の役割
(株)武田マネジメントシステムス
代表取締役 武田 哲男
顧客をどれだけ理解していますか

『業績=顧客の支持率』である。
どんなに景気が悪くとも、業界がふるわなくともこの条件は全く変わらない。
つまり業績が右肩下がりのときは「顧客が離脱化している、顧客から支持されていない」と解釈し、胸に手を当てて反省することである。

たまたま学校の休日が増えたから塾が繁盛するなどはまさにラッキーだが、それが事前に予測できていて手を打ったのか、たまたま神風で報われたのかではその価値は異なる。

マーケットサイズがますます縮小し、顧客数が減少し続ける時代には「新規顧客の開拓」と「顧客の継続率向上」が重要課題であり、本来なら「顧客のことが理解できなければ顧客に満足提供はできない」のであるから顧客理解は大切な要件である。

さて、この場合の顧客とは「社外顧客」と「社内顧客」に分けられる。
社外顧客は塾に通う当人、母親、父親、兄弟・姉妹、祖父母などであり、その友人・知人でもある。

社内顧客は教師、事務員、その親、兄弟、子どもなどが該当するが、一体これらの人々に関するデータをどれだけ所持し、理解しているだろうか。
そしてそれぞれ顧客に応じた対応をどれだけ執っているだろうか。
特に社内顧客が満足していなければ社外顧客に満足提供は難しいという現実は十分に配慮すべき要点として認識しておかなければならない。

人と人、心と心のホスピタリティ時代

戦後の日本は「物」から「感性」そして「付加価値」から「コミュニケーション」の時代へと変化してきた。
そして現在は「心」の時代。
まさに満足、充足感、感激・感動が重要な要素となっている。

「商品とサービスを比較して顕著な差がつかない場合、顧客は金額が大幅に安くなければ購入しない」のはどこの世界でも共通している。

ちなみに私どもで実施したアンケート調査で有効回答数2万7千から得たデータでは「何が何でもこれが欲しい」「どうしてもこの商品・プログラム・メニューを手に入れたかった」と解答した顧客は7~8%であった。つまり商品(物、プログラム・メニューを商品とする)の差別化率はわずか7~8%しかないということを示すデータである。

商品だけで顕著な差をつけることがいかに難しいか察しがつくデータといえる。
というのも残りの92〜93%は電話の応対がよい、案内係が親切、システムが優れているなど総体的な意味でのサービス・ホスピタリティに依存している。 

いずれにせよ、どこまでいっても最終的には人と人、心と心ですべてが決まってしまうし、そこに比重が置かれていることは確かである。

あまたある施設のどこに決定するか、いくら払うかの決定権を持っているのは顧客のみであり、その決め手は「サービス」「ホスピタリティ」であるということだ。

つまり顧客のために考え、行動し、尽くすことができる資質を備えたスタッフと優れたシステムがどれだけ存在するかが決め手となる。

― 一部抜粋 ―

 
夢を追う
建築家 小見山健次
湯の町での出来事

群馬県の草津温泉をご存知だろうか。温の町・草津では今、ちょっとした異変が起きている。「ザスパ草津」というアマチュアサッカーチームが草津町を舞台にJリーグ入りを目指して快進撃を続けているのだ。このほど悲願のJFL(日本フットボールリーグ)昇格を決め、草津町はもとより、群馬県中から彼らの活躍に熱いエールが送られている。暮れに入っての天皇杯全日本選手権に出場となった彼らの試合には、実に6,000人を超えるファンが押寄せる結果となった。

ザスパ草津

このサッカーチームは草津町に発足したサッカー専門学校を母体として結成されたが、元Jリーガーたちを中心に「ザスパ草津」として再結成された。記憶も新しい、わずか2年前のことである。彼らは草津町の温泉旅館で布団の上げ下ろしなどの仕事をしつつ黙々と練習に励んできた。選手たちの多くは一時、プロとして活躍した時期を持つ。しかし選手としての評価や身体的故障に起因して自分のポジションを退き、いわば「都落ち」した。そんな屈辱感を秘めた選手たちが過去をバネに不屈の精神でチームを固めている。選手たちの強烈な目的意識と行動とが、今圧倒的な支持を得ているのだ。

弱いものは「敗者」

プロの世界はスポーツに限らず過酷だ。能力のある者はもてはやされ、それ以外の者は容赦なく切り捨てられる。そこに多少の利害が絡むことはあっても、義理や人情が入り込む余地など微塵もない。強いものが勝者であり、弱いものは容赦なく一様に敗者である。こうした人間社会の基本的な仕組みは、むしろ自然界そのものの摂理でもある。この社会で私たちは時に苦渋を味わい、挫折し、意気消沈する。誰もがそうした感覚を日々味わいながら生きている。

時代の壁

湯川秀樹博士の言葉「一日生きることは一歩進むことでありたい」というのがかつての私の座右の銘であった。前向きに常に頑張ろうという人生訓である。しかしそうした意識に負けてしまう人たちがこのところ激増しているらしい。不況の嵐が渦巻く世情の中では努力し続けるしかないことに疲れ、生きることの価値を見失ってしまう人が出ることも頷けるところだ。
ところで、かつてのボクシング漫画『明日のジョー』での典型的なシーンが思い出される。彼は宿命のライバルと死闘を繰り広げる。「起て!起つんだジョー!」、絶叫するコーチの言葉に瀕死のジョーは敢然と立ち上がり、満身の力を振り絞って敵を倒す。そんなシーンに誰もが涙しつつ興奮し、ヒーローとしてのジョーに声援を送ったものだ。私たちは日々こうした《努力の構図》を見るにつけ、自分を奮い立たせてきた。少なからずこんな〈ドラマ〉に出会うたびに感動し、共感し、現実とドラマとを引き合わせながら自分の士気を鼓舞して生きてきたのだ。しかし今はそんな努力をもってしても乗り越えられないあまりに大きな〈時代の壁〉が誰の前にも立ちはだかっている。

― 一部抜粋 ―

 
過熱する首都圏の中学入試 −その背景と求められる塾像−
首都圏模試センター
代表取締役 樋口義人
ブームを迎えた中学入試

1990年ごろが前回の中学入試ブームであったから、それからちょうど10年振りにブームを迎えている。

昨春の首都圏の中学入試で、その受験率(総受験者数÷小学校卒業生総数)が一挙に15%近くまで急伸した。そして、総受験者数も4万2千5百人(首都圏模試センター推定値)と、なんと前年比5.2%増を記録したのである。(別表T)

昨春が、文部科学省からの「新学習指導要領」実施後1年目の小学校卒業者が受験する中学入試であったことからも、注目されていたのであった。

中学受験がこのように、爆発的とも言えるような上昇傾向にあったということは、この新学習指導要領に対する不安がその要因の1つと考えられているのである。

学校で配布された教科書のボリュームが大幅に低下しており、保護者の目に見える形で新学習指導要領の内容は貧弱なものになっていたのであった。

国立大学の法人化、法科大学院の新設、都立・県立高校の改革など、明治維新以来の教育改革が進められていると言われている。

中学校についてもしかりで、私立中学校は今後の生き残りをかけた改革を行っており、それらが保護者の信任を得て、今日のこのような中学入試ブームを招来させているのである。

つまり、公立と私立の差を、今日ほどその姿をあらわにしたことが、かつてなかったと言ってよいのではないか。6日制と旧指導要領を継続して採用している私立中学校が多く、学力の低下が懸念されている一方で、悠々といわゆる知育教育の実績をあげていると言っても言い過ぎではないと思う。

変化してきた中学入試

20年にわたる「ゆとり教育」が、その20年間でもたらした学力の低下は、多くのマスコミが伝え、学者が論じている通りである。

中学入試を志す小学生も同様であり、しかもその基礎基本の部分でのレベル低下が危惧されている。

これに拍車をかけたのが、一昨年より実施された新学習指導要領なのである。ひとつには算数・理科などの30%にも達する大幅な単元の削減である。学ぶ量を減らして、完全な修得を目指したようであるが、現実はそうならないのであり、むしろ、全体の学力低下につながった。

中学受験をする生徒は、これまで比較的学力の高いグループであるとされていた。もちろん、今でも学校の中での順位で見ると上位のグループであることは変わらないのであるが、その学力たるや例外ではなく、低下の一途をたどっているのである。しかも、基礎基本の欠落ぶりには目を覆いたくなるぐらいである。計算力、語い力、基本的な知識しかりで、従来の教科書レベル(例えば都道府県名、県庁所在地が漢字で書けない)のことでさえ修得出来ていない生徒が多い。

受験生は、6年の秋に大手模試(首都圏では三大模試と言われている「首都圏」・「日能研」・「四谷大塚」がある)を次々と受験して実力の仕上がり具合を試すのであるが、先に述べた通り基礎基本が固まっていないために、それぞれのテストで算出される偏差値がかなりの幅で上下動してくる。

これは、実際の受験の本番でも同様に起こっている。国立附属の中学校と一部の私立中学校が、新学習指導要領に準拠しているが、これはむしろ例外で、大部分の私立中学校では旧指導要領(従来通りの出題範囲と傾向)に基づいた出題がなされていると言ってもよいと言われている。

従って、事前の偏差値による、合格・不合格の読みが困難を極めているのと同時に、受験当日の合格の取得の困難さが増してきているのである。首都圏では、受験生が1人平均約5校併願受験するのであるが、合格はおそらく、1人平均2校に至っていないのではないかと推定されている。

― 一部抜粋 ―

 
大学教育の現状(教養教育の一教官の立場から)
一橋大学大学院社会学研究科 教授
理学博士 中嶋 浩一
この原稿を書いている時、12月5日の朝日新聞朝刊に、次のような記事が社会面のトップに出た。

「新都立大」目玉学部 河合塾に理念を外注
      東京都「先生方、発想古い」
      大学側「信じがたい」反発

東京都立大学など4大学を廃止し、大都市問題に取り組む新大学を発足させる東京都が、目玉となる都市教養学部のコースについて、理念づくりの補強などを大手予備校の河合塾に委託する。「大学の先生に検討をお願いしたが、旧来のタコツボ型の発想しか出てこなかった」と都は説明する。大学側からは「大学の理念を、受験産業に外注するのは信じがたい」という声が上がっている。(一部略)

「塾ジャーナル」の「塾」と「河合塾」のそれとは、ニュアンスも異なる上に、問題テーマも本誌の主旨からはかなり外れている。しかしこの記事は、最近の大学の状況を象徴的に示しているので、これを手がかりに大学教育の現状を少し紹介してみたい。

大学は現在、未曾有の嵐を迎えようとしている。これは皆さん周知のこととは思うが、その状況を簡単にまとめてみよう。

まず国立大学(筆者は一橋大学という国立大学に所属し、おもに一般教養科目を担当している)は、2004年4月から「国立大学法人」という組織形態に衣替えする。これは一言で言えば、大学の研究教育をもっと活性化・効率化して「役に立つ」大学をつくろう、という方針に基づく措置である。法人化のほかにも、合併統廃合という措置も進行中である。上記の都立大学のような公立大学についても、状況は同じである。

一方私立大学は(筆者は非常勤講師として、私立大学でも教鞭を執っている)、少子化時代の進行に伴い、文字通り存亡をかけて各種の改革に取り組んでいる。他方で、国立大学の法人化による研究面でのプレッシャーも増大しつつある。

このような緊迫した状況は、大学(高等教育)の現場ではかつて経験したことがなかった。上記の新聞記事のように、そろそろ嵐の前兆が見えてきたところであり、筆者の私見では、来年から5年間くらいは大嵐が吹き荒れるのではないか、と思う。このような状況に関して、大学の自治、大学の予算、リストラの是非、効率化の是非、などについていろいろな議論が行われているが、すべてこの大嵐の後に、その是非が明らかになると思う。ちょうど地面にしっかり根をはった大木が、嵐の後で生き残るように。(本来ならば、筆者も大学人の一員としてもっと積極的な発言をするべきところであるが、宇宙科学を専門とするとどうも宇宙的なスケールで物事を見てしまうので、ご容赦願いたい。)

このようなわけで、頭書の新聞記事についてもその論評は控えるが、ひとつ、「大学の理念を皆で考える」という問題が提起されたことは確かなのではないだろうか。

大学には「研究」と「教育」の2つの役割がある。「研究」の面では、「即効的に役に立つ研究」と「今はわからないがいずれ役に立つかも知れない研究」とをどのように評価するか、をめぐって議論が続いている。また、研究成果を実際に役立てる「企業」との関係も、大きな問題である。

「教育」に関して言えば、熾烈な国際競争に打ち勝つための人材育成の観点から、もっとハイレベルの教育を実現する、そのためにもっと学生を勉強させ、また個々の学生の能力を引き出すような教育を、という議論がなされている。これに関して言えば、議論のみでなくいろいろな試みが、実際に2〜3年前から始動している。たとえば、大学講義を活性化させるために、「受講学生による教官の評価」、「講義のテクニックを教官が学習する活動」、「学生の成績評価の基準の明確化」、などがすでにあちこちで実施されている。(この3者は、それぞれ「授業評価」、「FD」、「GPA」と略称される。)

不思議なことであるが、これらの活動は、数年前に大学で吹き荒れた「教養教育改組」の嵐の中から生き残ってきたように見受けられる。「教養とは何か」、「大学における教養教育とはどんなものか」という議論の中で、各地の大学に「高等教育研究」のための機関・センターが設立されたが、このような機関が中心となってこの活動を進めている例が多く見受けられる。

― 一部抜粋 ―

 
勝ち組になるための学習塾の今後の役割

I.P.S.代表 石田 温則

「勝ち組になる」とはどういうことだろう?そのための「今後の役割」とは?筆者の頭には、わが身を置く「塾」=日陰花(裏にひっそりと咲く花)の、加えて地域で生きる(規模で言う中小)というイメージしかなく、(表舞台で)「勝ち組」になるなど考えもつかないことなのである。しかし、折角のご依頼でもあり、現在の筆者の居る『地点』で一所懸命考えてみたい......。

つまりこのテーマは「平成16年(以降)の"日本"の社会において、『塾』がいわゆる勝ち組になるには、どのような社会的役割を担えばよいのか」ということ、言い換えると、「(日陰花である)『塾』がこれからの"日本"の社会において生き残っていくために、(社会から)期待される役割とは何か」ということ、さらに言うなら「積極的にその役割をこなすには」どうすれば...ということと考える。

わが日本国は貿易立国である。それも原材料を輸出する貿易国ではなく、部品や製品を輸入して加工(組立)し完成品化、あるいは軽工業製品を製造して輸出する世界有数の巨大貿易国である。そう、こんなことは塾通いの子どもたちにとっては、社会科学習内容の初歩の初歩である。では、そんな我が国を支えているものとは何か。国土が狭く、工業原材料及び労働力の乏しい(しかも、現代ではIT産業に偏在している?)わが国にとって、それは「加工(組立)し製品化する技術、それも創造的技術」にほかならない(それをして、わが国の今後生き残る道は、科学技術創造立国しかないと言わしめるゆえんである)。そしてそのすべてにかかわる事・ものとは「人」であろうことは、言を待たない。さらに言うなら、ここでの「人」とは「知ある人」、いわゆる社会的財産=知的資源としての知のレベルある人、である。「人」、「人」、「人」まさに「人材」が全て、なのである。

これを言い換えると、わが国の将来の発展は、人=知を基盤とする社会の今後、つまり今後の知的資源の積極的な活用にかかっているということになろうか。このことは、維新時における明治政府の手になる「教育改革」を想起してみればわかりやすい。当時、欧米諸列強に早期に追いつき追い越したいわが国は、「富国強兵」を目指して「殖産興業」を推進することと同時に、当時の彼らにとって諸刃の剣であるはずの、国民の基本的な知のレベル向上=義務教育化(1890年)=知的資源拡大に踏み切った。つまり国力の発展には「人材」が不可欠、としたのである。しかし、そうした国を支えるのは「人材」であるという発想は、戦国時代の武田信玄公の「人は城、人は石垣」や幕末の「米百俵」の話などにも代表される通り、何も現代の専売特許ではない。また目を転じて、「人」に関しては、社会の構成要素の最小単位が一個の「人」(一組の夫婦)である事位は、現代では誰だって知っている。社会学の基本中の基本として、である。

― 一部抜粋 ―

 
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