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2004/1 塾ジャーナルより一部抜粋

日本教育者セミナー神戸大会

2003年11月19日(水)・20日(木) / 於 神戸ポートピアホテル / 主催 日本教育者セミナー
久保田学園 久保田勤氏 仙台進学プラザ 阿部孝治氏 司会を務めたビジョンクエストの
案浦幹朗氏
ジュンク堂書店社長
工藤恭孝氏
 
日本教育者セミナーは、全国の学習塾を中心に、私学・専門学校などの民間教育団体から構成されている。年に4回開かれるセミナーでは、教育関係者のみならず各分野で活躍する人々をゲストに迎え、広い視野から教育の現状と方向性を論議してきた。

今回のセミナーは11月19・20日の2日間にわたって開催され、全国から60名余りの会員が参加。「競争を勝ち抜く戦略」をテーマとした講演や、教育特区・ロースクールなど教育業界の新しい動きについての説明がなされた。

セミナー第1日目は、日本教育者セミナー理事長・岡村寛三郎氏の理事長挨拶で幕を開けた。

岡本理事長は、大学生・高校生ともに就職内定率が低下している一因として、「企業の採用予定人数が昨年度より増えているにもかかわらず、採用基準に見合う学生が少なくなってきている」ことを問題にあげた。ここ10年来続いている子どもの学力低下が関係しているとした上で、学力を向上させ国際的に活躍できる能力を育てることが、民間教育に携わる者の大きな役割であると語った。

続いて今回のセミナーを企画した久保田学園代表・久保田勤氏から当番幹事挨拶がなされた。「日本経済の構造自体が変化している現在、小手先の対応策ではなく、新しい道を切り開いていかなければならない」とし、講演会企画の趣旨を紹介した。

セミナー第1部は、仙台進学プラザ代表取締役・阿部孝治氏による「学習塾における逆転の発想」と題した講演が行われた。

仙台進学プラザは1985年創立。集団授業が中心であった時代に個別指導を導入。一貫して、「大手学習塾とは同じ土俵で闘わない」戦略で急成長を遂げた。現在、仙台市を中心に67教場を展開。売上高24億円、生徒数は6800名に上る。

第1部 「学習塾における逆転の発想」

仙台進学プラザ 代表取締役 阿部 孝治氏

私は大学を卒業後、地元仙台で家業の穀物問屋の仕事を経て、 株式会社日本リクルートセンター(現・株式会社リクルート)に入社しました。そこで5年ほど広告営業を務めた後、同僚2人と共に独立。私が30歳過ぎ、ほかの2人が20代後半のときです。
 独立と言っても、とりあえず資金を稼がなければ、ということで学習教材の販売を始めました。しかし、当時30万円もした教材が簡単に売れるはずもありません。たちまち生活に窮するようになりました。

12月のある日、塩釜市郊外の、学習塾もない山間部でセールスに回ったところ、中学3年生の子どもがいる家で初めて買ってもらうことができました。

ところが、受験まで3ヵ月。今から教材で勉強したところで間に合わないことは明らかです。我々は悩んだ末、毎日勉強を教えることにしました。その子どもが合格し、喜んだ親御さんが町の集会場を借りてくれて、学習塾を始めることになりました。1985年4月、仙台進学プラザの出発点です。

町中の1軒1軒を訪ねて、勉強のできない子どもを集めました。生活のためでしたが、一生懸命教えて生徒に喜んでもらいたいという思いもありました。採算を度外視した丁寧な指導が地元で支持され、徐々に生徒が増えていきました。

しかし、成績の悪い生徒がほとんどですから、教室で椅子に座らせるのにも労力を必要とする状況でした。合格実績など誇れる筈もありません。

ある年、100人ほどいた中学3年生全員が私立高校受験に失敗しました。残るは公立入試のみ。学校の先生方は「受験するだけ無駄」と言わんばかりの態度です。それでもあきらめずに勉強を教え続けて、全員を合格させることができました。快挙といってよいでしょう。しかし、いずれも一流高校ではありませんから、塾としての評価が上がることはありません。

この合格実績で塾が評価される点について、私には勘違いがあるように思います。多人数が一流校に合格しても、レベルが高いというのは塾に通う生徒で、塾そのものではありません。

塾にとって大事なことは、一人ひとりの生徒がどれだけ満足しているかです。それは生徒数によって計ることができます。ですから我々は、生徒数こそが塾を評価する基準であると考えました。

地域の勉強のできない生徒たちを集め、徹底して丁寧に教え続けました。これが、現在の仙台進学プラザの特色である「地元密着」「めんどう見主義」の原点です。塾の授業後、まだ理解できていない生徒に個別に教えていたことが、後の個別指導学院へとつながっていきます。

創立から2年後の1987年8月、塩釜市の一等地に教室を構えることができました。その8ヵ月後にはさらに1教室開設と、経営も軌道に乗り成長への道をたどり始めます。

同じころ、隣の仙台市では首都圏から進出してきたある大手塾が急激な勢いで伸びていました。

我々も、塾の規模を拡大するためには仙台市進出を避けては通れません。1990年4月、仙台市泉区に教室を開設。仙台進学プラザの本拠地としました。しかし、その後2年間ほどは苦しい戦いが続きます。

当時、こちらの生徒数が3教室合計で300〜400名。その大手塾は、一気に20教室4000名へと規模を拡大していました。

当塾は仙台市では最後発組でしたから、集まってくるのは成績下位の生徒が中心です。そこで、「どんな成績の生徒にも喜んでもらう」という方針を徹底しました。他塾とは異なる、「合格実績を前面に出さない」戦略を展開。大手塾に比較して授業時間を多く、授業料を半分に設定しました。安くて良い授業をすれば口コミで生徒が増えると考えたからです。しかし都会の生徒は、自分が通う塾を秘密にする傾向があり、口コミで増えることはなく、結果として生徒数・売上ともに伸び悩みました。

仙台市で苦戦を続けていくうちに、成績が「1」や「2」の生徒の多くが、塾に通いながら家庭教師までつけていることに気づきました。そこで個別指導の教室「仙台個別指導学院」を開設することにしました。1993年1月のことです。

先生1人に生徒2人というシステムが当時では画期的であったことと、料金を一般サラリーマン世帯の収入を基準に設定したことで、個別指導教室は急成長を遂げることになりました。そのころ、生徒のニーズも多様化し、全体的に集団授業から個別授業へと移行しつつあったことも幸いしました。

以降、個別指導教室を中心に教室展開を図り、現在では当塾の生徒数約6800名に対し、先の大手塾は依然4000名。逆転することができたのです。

当塾の勝因は、「同じ土俵では勝負しない」ことでした。同じ土俵で闘えば、強い者が必ず勝ちます。真に合格実績を誇れる塾は地域に1つだけです。それ以外は、苦しくともほかの道を行くしかありません。

現在、仙台市内において個別指導はすでに過当競争に入っています。そこで当塾が取り組んでいるのは、他県への進出。さらに集団授業と個別指導をミックスした新しい業態「進学プラザモア」の展開です。いま個別指導全盛の仙台で、敢えて集団授業を採り入れコストダウンを図る。逆を行くことが、生き残る道につながると考えるからです。

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