人生の軸をつくる
「良き種」をまく
「巣鴨サマースクール(SSS)には、『正しい教育環境』があります」と語るのは、第1回からダイレクターを務めるオリー・スティーブンソン氏。「心身ともに守られている安全な環境で、何でも挑戦できる、思いきり失敗しても構わない。大人から『期待されている』と実感できる場です」
8人の英国人講師は生徒50名の顔と名前を覚えて臨み、白樺高原にやって来た彼らを大歓迎。さっそくサッカーとフリスビーで盛り上がり、少年たちの身体と緊張を一気に解放する。生徒たちが自発的にコミュニケーションをしようと心を開き、考え方や行動が変わる「マインドセット」――それがSSSの目的だ。「日本文化のプレゼンテーション」では講師たちが、生徒一人ひとりに表現や姿勢など改善点を細かくフィードバックする。再び挑戦したとき生徒は「進化した自分」に出会える。でも、とSSSを発案した国際教育担当の岡田英雅先生は微笑む。
「ココ(SSS)で完結しなくてもいいんですよ。『もっと先生たちと話したい!』『英語が上手くなりたい!』と悔しさが残っていい。種がまかれてさえいれば、適当な時期に光と水が与えられ、必ず芽が出ます。大事なのは『良い種』であることなんです」
勉強のみならずスポーツもアートも「すべてやる」のが本物のエリート。誰かがピアノを奏でると、自然と歌声がハーモニーとなり響き出す。タッチラグビーにクリケット、生徒以上に先生は激しく動き、声を出し、心から楽しむ。雨なら絵を描いて過ごす。公私のバランスを大切に考え、アグレッシブに人生を謳歌し、幅広い教養で彩られた日常を、生徒たちは目の当たりにし追体験する。先生たちと過ごす、宝石の如くきらめく時間――それこそが「良き種」だ。
進路には「世界」へ拡がる
オプションがあっていい
SSS前日、かつての教え子たちが講師陣を茶道でもてなした。彼らは翌年、イートン校サマースクール(巣鴨学園が2002年から継続する、世界屈指の名門・英国イートン校で英語と文化を学ぶ3週間)や、カナダ留学など「世界」へ飛び出た。SSSが始まってから「海外体験学習制度」に参加する生徒が大きく増加したという。茶道のプレゼンテーションを受けた講師たちは「あんなに小さくて緊張していた子どもたちの堂々とした成長ぶりに、それはもう感動していましたよ」と岡田先生。
「素晴らしい先生たちに会いたすぎて(笑)、また来ました!」と声を弾ませる高1生は、第1回SSSの後、イートン校でも学んだ。真ん中だった英語の成績は、2年間で学年3位に。
「前回は衝撃的でした。先生たちは本当に優しくて、生徒のことを真剣に考えてくれる。僕のいろんな引き出しを開けてくれました。無表情な僕が笑えるようになったのはエミリー先生の『ドラマ』の授業のおかげです」
エミリー先生は今の彼のスピーチを聴き、その成長に感動し涙したという。彼はいま人生の岐路に立つ。
「巣鴨の友達も授業も好きだけど、金田先輩(英国長期留学後オックスフォード大学へ進学)のように海外大学のオプションがあってもいいかな、と」
サポーターでOBの金田隼人くんは「世界に拓かれた進路」を体現するロールモデルだ。岡田先生はこう語る。
「青春時代を受験勉強で過ごし志望大学へ、というルートとは違う、多様な価値観と人生の選択肢が世界にはある。勇気がいるけれど自分がワクワクできる人生を切り拓いていいんだよ、と背中を押してあげたい」
|
先生と生徒
心に火をつけ合う授業
授業は講師のキャリアや得意分野を生かし、岡田先生が監修したオリジナルだ。「講師自身がワクワクしながら授業をつくっていますからね。その楽しさは生徒にも絶対に伝わるはず」とオリー先生。直前まで閣僚会議で厳しい折衝の真っ只中にいたトミー先生は「良きリーダーに必要な資質」を生徒から引き出す。答えられずとも「OK、大丈夫だよ」と安心させ、生徒が「相手の感情を理解すること」と回答すると「Fantastic ! 」とハイタッチ。互いに満面の笑みだ。歴史の授業「Why no female emperors ?」を行うトリスタン先生は、日本史の山崎大輔先生と天皇制について事前にディスカッションしている。
「トリスタン先生は、生徒に質問させる、応えさせる誘導が抜群に上手い。『catch up の意味は?』と先生の問いかけに、英語やジェスチャーを駆使して答えていくうちに、明治期に西洋化する日本が体感できるようになる。すごく面白いです」と山崎先生。
ノア先生の「英国と紅茶」では典雅なティータイムを体験し、紅茶の美味しさに目覚める生徒が続出。「ドラマ」の授業では、思春期のシャイな日本男子が、全身で英語に自分の感情を乗せることを楽しんでいる。「想定外の表現をしてくれる、『殻を破った』瞬間が何度もありました」とエミリー先生。「こうした生徒の進歩を見るのが刺激的だし感動します。SSSで踏み出す小さな一歩が、後にものすごく大きな成長になるのを知っている。それが私たちのモチベーションなのです」
激務の間を縫ってなぜSSSに参加してくれるのか――オリー先生の答えはシンプルで、温かく、力強かった。
|