栄光ある歴史にそって再生を期する
「“生まれ変わる”、それがいちばん的確な表現だと思いますね」。
34年ぶりのOB校長として、昨年10月に就任した谷川平夫氏は、来年度からの変革の道筋をそう切り出した。
創立121年目の名門校といえども、少子化、そして激化する私学間競争を乗り切るのは簡単ではない。OB校長の就任は同校では珍しいことではないそうだが、生粋の教育者というのではなく、元新聞社記者といういわば世情に明るい経歴を持つ谷川氏がこの時期に就任するというのは、やはり同校の危機感のあらわれともいえよう。
「いくら吉田茂が卒業生だからといっても、何十年も前のことを言って喜んでいるのはOBばかり。保護者は3年なり6年なり本校に通わせて、ウチの息子の将来はどうなるのか、ということを知りたがっているんです。もっと、今日的で実質的なアピールが必要だと感じました」
“にちがく”を提唱し、完全中高一貫校として生まれ変わる。そんな思いから取り組まれたのが、来年度からの大幅な教育内容の変更だ。
「“第二の創業”を念頭に、本校の愛称を“にちがく”として、これから大きく変わりゆくことを学校内外にアピールしています。本来、中高一貫校というのは、中高の6年間を通じて進路実績をあげられるカリキュラムを組んで実践していくというのが使命と言えますが、本校では、これまで中高一貫というシステムメリットを活用しきれていなかった。そのため、次年度からは、中学入学した生徒に関しては、高校卒業時まで完全中高一貫教育を実現したいと思っています」と谷川校長は語る。
現状では中高一貫とは言うものの、中学から上がってくる生徒と高校から入学してきた生徒が混ざり合い、学力格差が解消し切れないという悩みがあった。そこで来年度からは、中学入学時から国公立大学・難関私立大学を目指す「難関大学コース」、あるいはそれよりも少しゆとりのある「進学コース」のどちらにするかのコース分けを実施。そのうえで両コースとも、目標進路に応じた実績が上がるカリキュラムを6年間でキッチリと消化していく。
難関大学コースでは中学校課程に2年、高校課程は3年、そして最後の1年を大学入試合格力養成に允当。6年後の国公立、早慶上智理科大、さらにMARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)への合格目標を50%としている。
進学コ−スでも2年、3年、1年の構成は同じ。ただ難関大学コースよりは少しペースにゆとりがあるぶん、スポーツなどもやりたいという生徒に向いたカリキュラムになっている。
「いずれにしても、進路実績を確実に作ろうということを生徒にも教員にもきちんと意識させることが大切。次年度からの立ち上げではありますが、この意識が在校生にもいい刺激になって、ほどなく相乗効果が出ると思います」。
一方、高校にも新規コースが加わる。現行の総合進学コース、英語選抜コース、スポーツコースに加えて、2007年度からは「特別進学コース」が開講。そのコースでは週4回の7時間授業、水曜日をのぞく毎日、放課後指導が予定されている。
「創発学」をキーワードに自己発信型の生徒を育成する
しかし一方で、谷川校長は「ウチは塾じゃないから、勉強ばかりというわけにもいかない」とも語り、「創発学」という新しい概念の教育のあり方を模索している。この「創発学」の創は創造、発は発信。つまり創造性があり、自らそれを発信できる人間を育てるというもの。まだこれから研究し、開拓していく分野ではあるが、さまざまな体験授業などで育んでいくべきものだという。
例えば林間学校ひとつとっても、単に楽しかったというものではなく、そこで研究テーマを見つける、あるいは事前学習をするなど、学校内外でフィールドワークを体験。レポートにまとめて研究論文として発表させる。
「自分の経験からしても、いくら知識があってもそれだけではダメ。特に社会に出ると、自分の中に取り込んだ情報を独自のものにふ化させ、自分なりのものとして発信できたときにこそ、評価が生まれます。これから国際社会で勝負するなら、ますますこの能力が必要になるでしょう。進学実績の向上と創発学の両輪で、人間として、“コイツは何かを持っている”という印象を与えられる人間を育てていくつもりです」とさすがに元新聞記者らしいコメントだ。
|
社会のニーズに応える努力
広江允広報室長によると、これまで触れてきたような変革には批判の声がないわけではないという。
「特進コースの設置が差別ではないかという意見も出ました。でも実際に職員に中学回り、塾回りをさせて生徒や保護者の声という現実と向き合ってもらうと、特進コースをきちんとやっていけないとダメなんだということがわかってきます。教師が学校に閉じこもり、立派な教育論を言っているだけでは社会や保護者のニーズ、いわば消費者ニーズなどに対応できるはずがないんです」。
さらに同校では、教師にその結果報告書を書かせているという。自分の考えと違うニーズが世の中にあることを肌で感じ、見えてきた改善点をレポートにまとめさせる。「それを谷川校長がきちんと評価して誉めるんです。一人ひとりの行動をよく見ているということを、教員にもわかってもらうようにしています」と広江氏。
要するに、自ら気づかせるということをまず教師にやらせてみて、ひいてはそういう教育を生徒にしてもらう。そして、社会に必要とされる人間を育てるということにつながればいいという思いがそこにはある。
すでにある塾主催の説明会では、あの日本学園が「特進コース」を設置するということで、今からでも入りたいという声が出るほど注目を集めたという。
「私立の学校というのは、大胆に目標を謳ってそれに向けた変革ができる。この私学の特権をフルに活用して、どんな学校にしたいかを明確にし、社会にいい人材を輩出できる学校にしたい」と谷川校長の意気込みは強い。
このように、今、生まれ変わりつつある日本学園。120年の伝統のうえに、今日的なニーズに即した教育内容を構築して、実践に挑む。「そのキャッチフレーズには“あの伝説校がよみがえる”がいいかな」と、谷川校長は笑顔で締めくくった。
|