桜美林の教育
桜美林学園の創立者、清水安三・郁子夫妻は、戦前(1921年)の中国に桜美林学園の前身「崇貞学園」を設立。当時の中国、朝鮮、日本の少女たちの自立を目指す教育活動を展開した国際教育の先駆者的存在である。その夫妻が戦後創立した同学園も「キリスト教に基づいた国際的教養人の育成」を建学の精神とし、早くから英語教育に注力してきた。
このような歴史的背景を持つ同学園が、異文化異民族との交流が一層深まる21世紀を見据えた人材教育の“核”に据えたのが“EYEプログラム”である。
「訳さない英語」、「表現のための英語」に取り組む
“EYEプログラム”のEYEは、 “Express Yourself in English!” (自分自身を英語で表現しよう) の頭文字をとったもので、英語の授業を通じて「自分を見つめる“目”、世界を見つめる“目”を養う」という意味も込められている。
「文法重視でいくと、例題ばかりが多くなります。それを訳さないとわからないし、外国の話は古文と同じで、訳しても教師が解説しないと生徒たちにはわからない。結局、日本語の授業になってしまう。そこをなんとか英語そのものと取り組める授業にならないか、と考えたのがこのプログラムであり、行き着いたところがこのテキストなんです」と藤野英雄高校教頭は語る。
従来の常識を覆す、英語を訳さない英語教育には、当然、従来の発想とは異なる教科書が必要となる。専任の教師6人が、初年度はプリント教科書から始め、自らイラストも作成して、生徒たちの暮らしの中に英語を取り込める教材に徐々に仕上げていった。
まず、中学1年の教科書ではイラストが多用されており、英文そのものが理解できなくても、何をしようとしているかは、概ねイメージできるようになっている。
例えば「ドア開ける」という行為を例にとると、ドアを開けようとするところから、実際に開けたところまでを一連の動作ととらえ、「これからドアを開けるよ」(未来形)、
「ドアを開けています」(現在進行形)、「ドアを開けました」(過去形)というように、動作の流れをひとまとめとして一気に学習する。この手法は、例題に取り上げられる動作が何であろうと同様で、すべてを一連の流れでとらえ、それを繰り返すことによって英語のパターンやリズムを身体に染み込ませるのだ。
「中学2年くらいまでは、現在形、過去形、未来形などという文法用語は一切教えません。ある程度英語に慣れてきた中3になって文法を教えます。それまでは自転車にたとえると、これがハンドル、これがペダルなどという部位の説明はせず、まず乗れるように指導するという方式です。授業はすべて英語で行われ、日本語はほとんど使いませんが、日常生活の中から題材が取り入れられているので、小学生時代から特別に英語学習していなくても、生徒たちはすんなり授業に馴染んでいけるようです」
ちなみに中1では週6時間の英語授業がこのカリキュラムで、うち2時間が外国人先生の授業。中2中3では週7時間英語授業のうち、5時間がこのカリキュラムで、同じく2時間の外国人先生の授業が確保されている。
|
|
中2、中3では、一般教材よりも多い英文
中2になると一転、一般の教材よりもむしろ英文が多くなる。それでも教師は授業では日本語訳をしない。内容を理解しているかどうかを英語で質問し、生徒は英語、あるいは日本語で答える。それによって内容を理解しているかどうかをみていくのだ。
長文になってもその内容は1年のときの体育祭や林間学校のことなど、生徒にとっては実際に体験したことが題材となっており、写真も多用されている。こうして細かな文法にこだわらず、大まかに意味を理解させることで生徒の興味を引き続け、さらに訳して解説するという日本語の部分をできるだけ排除することで、「英語と取っ組み合いをする」訓練につなげている。
ハイライトは中3の教科書で、1976年夏に同高校の野球部が甲子園でPL学園を相手に初優勝した時の物語が登場する。当時のキャプテンが同高校で教員となっていることから、“高校に行くと会えるよ”という内容になっている。また授業の最後に優勝決定の瞬間をビデオで流すことから、愛校心を育てることにも役立っているという。
「英語の勉強に文法は大事です。ただあまりにも重きを置かれすぎてきて、話せないし書けないという状況が続きました。ですから、私どもでは単に英会話を重視しているのではなく、言葉で、あるいは文字で表現するということに重きを置いた英語教育を実践しているのです」
さらに藤野高校教頭は、今、英語教育に課せられているのは、国際理解だととも指摘。しかし、必ずしも英語の授業の中で国際理解を指導しなくても、キャンパス内に外国人の先生や海外の姉妹校も多い同学園では、生徒たちは日常的にこの課題も理解しているという。
留学生との異文化交流はもとより、ハローウィンパーティーなどがあるほか、英語でのプレゼンテーションという舞台も用意。中1は暗誦、中2はスキット、中3はスピーチというように、各学年代表が選抜されて全校生徒の前で発表する機会もある。
さらに総まとめとして実施される中3、12月のオーストラリア修学旅行では、現地でコミュニケーションがとれるように、日本の生活や友達、家族、地域、学校のことなど、自分の身近なことについて説明できるような能力を高める指導も実施されている。
以上のようなことから、同学園の生徒は、一般の中学校より英語に触れる機会、使う機会が3倍〜5倍多くなり、当然、習得できる単語数も大幅に増えるという効果につながっている。
しかし、課題も残る。この8年で中学校では教科書も指導方法も確立したが、大学受験を控える高校では受験対策との整合性の見極めが難しく、カリキュラムはまだ完成の域ではないという。
とはいえ「崇貞学園」を設立から85年、「桜美林学園」として60年の歴史の中で、常に国際的教養人の育成と英語教育を関連させ、その指導方法を発展させてきた同学園の取り組みは、新しい英語教育のモデルとなりそうだ。
|
|