村上春樹って、どんな人?
1学期中間考査明けの月曜日、新校舎6階の3年8組の教室は、開け放った窓から心地よい風が通り抜ける。生徒たちも伸び伸びとした雰囲気だ。
4時限目の授業は川ア由貴子先生の現代文B。今日から新しい単元に入る。村上春樹の『沈黙』である。
川ア先生は、「最初に作品について確認しましょう」と、手元のタブレットを開き、ホワイトボードに村上春樹のプロフィールや写真、代表作などを次々と映し出し説明を加えていく。
最新作の『騎士団長殺し』が書店の売り場にうずたかく積み上げられている光景に、生徒たちから「お〜っ!すごい!」と声があがる。村上春樹は日本だけでなく世界中にファンがいる。外国の書店の前で人々が長蛇の列をつくっている写真では、笑い声があがった。日本の作家が、海外でこれほど人気が高いことに対する驚きと嬉しさが入り交じったような笑い声だ。
さらに、2006年にフランツ・カフカ賞をアジア圏で初めて受賞したことや、2015年に米・TIME誌で「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたことも紹介された。
映像で見ることで、生徒たちは村上春樹という作家のイメージをしっかり刻みつけたようだ。
川ア先生は新しい単元に入るときはいつも、手作りの資料で生徒たちの興味を引き付ける。授業は、楽しませて、考えさせるスタンスだ。
発問を重ねて理解を深める
「人を殴りたいと思ったことはありますか?」
教科書の本文に入る前に、川ア先生が問いかけた。数人の手が挙がる。
「では実際に殴ったことのある人は?」
1人の生徒が「ある」と答え、教室中がざわめく。「殴った?」「ビンタ?」「グーで?」「パーで?」。質問が飛び交い、やがて笑いに変わる。
生徒を制して川ア先生は、「殴ったことがあるかという質問に対する答えが、本文の最初にあります」と言い、生徒の1人に音読を指示する。
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『沈黙』は、「僕は大沢さんに向って、これまでに喧嘩をして誰かを殴ったことはありますか、と訊ねてみた」という書き出しで始まる。ストーリーは、31歳の大沢が中学2年のとき一度だけ同級生を殴ってしまったために、その同級生から陥れられた出来事と大沢の心の変化、そして本当に怖いのはどのような人間かを描いている。
区切りの良いところで音読を止め、川ア先生が大沢はどのような人物か質問する。生徒たちは「ボクシングジムに通ってる」「物静か」「温厚」と口々に答える。
続けて、大沢の反応や表情について問いを重ね、生徒の理解を深めていく。
その後も音読と内容の確認を繰り返し、合間に「目を細める」や「生々しい」「いささか」など、語句の意味も押さえる。生徒と対話しながら授業はテンポよく進む。生徒たちは物怖じせず自分の意見を素直に発言する。自由な空気感が楽しい。
一区切りついたところで、物語の構造とポイントをノートにまとめる。川ア先生は机間巡視で生徒のノートをチェック。
本文に戻り、大沢が一度だけ人を殴ったことがあるというところでチャイムが鳴った。
授業の後、生徒に感想を聞くと「現代文は面白いから好き」という答えが返ってきた。確かに、続きが楽しみな授業である。
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