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中学・高校受験:学びネット

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学校散策 ・関西校・ 関西一覧
   

関西大倉中学校・高等学校

 
  教員の多彩なバックグラウンドが教育の中心線
教育の場で、一つのバックボーンが理念を語ることもあれば、生身の人間のことばや働きかけが人生の糧となることもある。個性豊かな持ち味の教員が、授業やホームルームで人間性を出す。自分の考え信条も時に開いて見せもする。それが生徒の中に多様性や違いを認める寛容さを生む。これが関西大倉中学校・高等学校という教育の場で現れた一つの理念の形である。

校 長: 尾崎 正敏
住 所: 〒567-0052 大阪府茨木市室山2丁目14番1号
電 話: 072-643-6321
交 通: 阪急京都線「茨木市」、阪急千里線「北千里」、北大阪急行「千里中央」、阪急宝塚線「石橋」JR京都線「茨木」の各駅からスクールバス運行
学生数: 中学校 328名
高等学校 1,503名 (2011.11.1現在)
ホームページ: http://www.kankura.jp

 

「創りあげてゆく」
もう一つの教育理念

 百余年の校史をもつ関西大倉中学校、高等学校は、その前身を関西商工学校、大阪大倉商業学校に遡ることができる。国を興す気運が盛んな時代に、実学系の学窓(関西商工学校の夜学)に学んだ故・松下幸之助氏の足跡はあまりに有名である。

 二つの実学学校は1948年の学制改正により合併、関西大倉高等学校として生まれ変わる。当時の教育理念「自助、努力、誠意」を刻んだ石碑が、職業人の育成、貿易振興に勇往した時代を今も校内に伝えている。

 その後、時代の変遷とともに電気科、商業科など実業系の学科は姿を消し、現在は普通科のみの進学校として知られている。

 インタビューの冒頭、尾崎正敏校長は同校の教育理念について次のように語った。「本校の教育実践は、宗教系の学校のように一本のバックボーンで貫かれているというより、多彩な人生のバックグランドをもった先生方一人ひとりが教育の中心線となっている」。すなわち、日々、全員で創りあげてゆく校風こそが理念同様、教育実践の根幹であるとの考えを示した。
私学教育にはまず厳然たる理念が存在し、分かりやすい一文によって表され、時に唱和し、実践に落とし込むものであるという思い込みは、尾崎校長のひと言によって一掃され、新鮮味が感じられた。

 もっとも、同校ホームページには「全校一致のもと、誠実で優しさと活力あふれる人間を形成する」という理念が掲げられている。この「全校一致」の部分に、教師だけでなく、教師が生徒とともに創りあげてゆくという意味が込められているという。トップダウンとは違う、教師や生徒からの提案型の学校運営を行うリベラルな印象の学校である。

卒業後も生きる
教師のひと言

 関西大倉の教育を端的に表していることばとして、もう一つ、卒業生のひと言を引用したい。それは「素晴らしい『人』の環境に感謝しています」というもの。古川英明教頭に「人の環境」とは、掘り下げればどういう意味だと思うかと尋ねると、その答えに個性豊かな教師像が浮かび上がってきた。

 「生徒がやがて社会に出れば、さまざまな考えをもった人々と交わっていかざるを得ない。自主自律の精神を尊重し、また、尊重される立場でもある教師たちは、みな個性豊かで、人としての優しさを備えている。そんな教師との出会いが生徒の将来の糧になればと願っている」と。

 では、日常、教師はどんな想いを生徒に伝えようとしているのだろうか。入試運営部部長の北英太郎教諭は現代文の授業を通して、「よく考えて生きる」とはどういうことかに気づける授業を心がけている。「実は小・中学校は国語が苦手で、大学時代、むしろ教員になってからようやく本気で勉強した」と打ち明ける北部長。「不得意な生徒の気持ちがよく分かるだけに、授業や小論文を書くことを通して、考える習慣を身に付けてほしい」と伝える日々だ。

 こうした教師の経験、考え方、そして、時には人間臭い一面の中に、誠実に生きるとはどういうことかを生徒たちは感じ取って学校生活を送っている。教科学習だけにとどまらず、生きてゆくうえで必要な心の栄養を、豊かな人的環境から摂取できるなら、知識偏重が危ぶまれる現代に求められる理想の学校像といえるだろう。

 6年一貫コースが共学化し、その一期生が古巣を訪ねてきたおり、古川教頭は思いがけないことばに喜んだ想い出がある。「人は、始めに終わりを思う人と、終わりに始めを思う人と、終始何も思わない人がいる」。古川教頭の「目標を持って生きよ」というメッセージが込められたことばだ。卒業生がこれを覚えていて、その話題になったという。

 誰にでも恩師のことばを心の底に眠らせていて、ふと取り出してみたくなる時がある。不思議なことに、何年も眠らせたことばほど、取り出した時の理解の度は深い。母校を巣立った後に、じわりと染みてくる教えもまた、ひとつの理念と呼べるのではないだろうか。

開かれた学校に
寄せられた信頼

 2009年の新型インフルエンザ禍はいまだ記憶に新しい。当時、罹患した生徒がいることを、早々と校名とともに公表したが、マスコミの取材が殺到、さまざまな風評に悩まされた時期があった。

 だが、学校はディスクロージャーの姿勢を崩さず、淡々冷静とした対応をとり続ける一方、生徒、保護者への励ましを電話などで入念に行っていった。

 結果、得たものは信頼の二文字であった。普段通りの学校生活を取り戻した頃、「よくぞ校名を公表した」という激励の電話が入った。学校へのマイナスイメージを心配した時期もあったが、翌年の志願者数はかえって増加した。

 起こったことに対する誠実な対応は、あるがままの生徒の姿を受け入れる普段の教育活動の延長上にあったのではないか。世の評価が正当であったことが清々しい。

 
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